2000年にぼくはこの熱海で花火を演出したことがある。「チャレンジ伊豆2000!」という観光行事に合わせて催された花火大会で、一度に1000発の花火を打ち上げるという前代未聞のアートパフォーマンスをやったことがある。まあこの花火を見た人たちにとっては、その後の語り種になっているほどの圧倒的なものであった。この花火の写真を撮った細江英公さんは、「まるでビッグバンの爆発だった」と言っていた。花火の炸裂音の衝撃でぼくは内臓が口から飛び出すのではないかと思ったほどの衝撃を受けた。おそらく一度に1000発も打ち上げた花火は、世界でも例がないだろう。
われわれの泊った部屋は新館のロイヤルウイングだが、本館のホテルニューアカオにはローマ宮殿を模したような600席もあるシアターレストランや、昭和30年代の街々を再現したアミューズメントやコスプレコーナーなどがある。また豪華なダンスホールでは黒人の生演奏で、どこから現れたのか50人ばかりの人たちがイブニングドレスにモーニング姿で社交ダンスを踊っていた。こんな白日夢的な光景は見たことがないのでぼくは唖然としてしまった。まあ、このホテルの全貌を説明するには、もう2、3日の宿泊が必要だ。それにしても世田谷のわが家から1時間半で来ることのできるこのホテルで絵を描いたり原稿を書いたりしたら、どんなに快適だろうと想像した。いつかもう一度来てみたいと思った。
日本一美しい日の出を部屋の広い窓から見ることができるというので、日の出の6時20分に起きるつもりだったが、10分遅れた。陽はすでに昇っていたが水平線の上にかかった雲から太陽はまだ顔をのぞかせていなかった。だが次の瞬間、太陽の光は一直線に部屋の大きい窓を突き抜けて飛び込んできた。素晴らしい日の出を見たあと朝風呂に入った。風呂にはほとんど人がいなかった。湯には塩分がふくまれているのか、海水をなめているように辛かった。二日目はどこにも行かずにホテルで夕方まで過ごすことにして、ホテルの敷地内を散歩した。岬にへばりつくようにホテルニューアカオの建物が建っているが、ホテルの入口が17階である。岬の断崖をけずり取ってそこにピタッと食い込むように建てられている。錦ヶ浦に出っぱった土地をうまく利用して、いろんな角度からこの辺りの風景が見えるように設計されている。岬を巡るように作られた遊歩道は弧を描きながらいろんな場所と連携している。とにかく荒々しい自然に人工的な建物が見事に融合されており、どこにも日本的な土着趣味が感じられない。そのせいか泊まり客に外国人が多かった。
昼食は昨日食べられなかった市内の洋食店に再度挑戦したが、この日も道路におおぜい人が待っていたので、結局ホテルに帰ってイタリアンレストランでパスタを食べることにした。帰京する5時までは、まだ時間があるのでホテルのあちこちにあるラウンジでお茶を飲みながら海を眺めながら雑談をして時間をつぶした。このホテルのラウンジでは飲物のサービスがあるのには驚いた。昨日と今日の2日間の時間はまるで静止したようにちっとも時間が動いてくれない。ただ何もしないで、いつもの旅先でするような同じ会話を繰り返す。2年間も一緒に旅をしていると話題もつきてしまうが、それも反復する心地よさというのもある。
時間が長く感じるのは眼に飛び込んでくるものにいちいち感覚的に反応しているからだと思う。感覚が優先している時は思考は停止している。思考が停止すると時間は拡張されて過去とも未来とも切り離された「今」を経験することになるので、時間が止まったようになるものだ。その反対に過去または未来に思考がゆれると「今」が失われるので時間はうんと縮小されて時間の経つのがやたらと早い。
東京駅に着いたのは六時頃だった。駅構内の地下食堂で、あとでえらい胸焼けの原因になる中華を食べて、銀座のシャネル本店で、今日がオープニングだという「菊地凛子、篠山紀信」展に顔を出す。
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静岡県 熱海温泉
横尾忠則(よこお・ただのり)1936年兵庫県生まれ。美術家。昨年、パリのカルティエ現代美術財団で個展を開催し高い評価を得た。2006年日本文化デザイン大賞受賞。2007年兵庫県功労者表彰。秋には、ミラノで絵画の個展を開催予定。「文学界」(9月号)に小説「ぶるうらんど」を発表。近著に『横尾忠則Y字路』(東方出版)、『病の神様』(文藝春秋)、WEB上のブログをまとめた『悩みも迷いも……(以下タイトルが非常に長いので略)』(勉誠出版)がある。オフィシャルホームページ http://www.tadanoriyokoo.com
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