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弘兼憲史

はばたく団塊の世代

(ひろかね・けんし)1947年山口県岩国市生まれ。早稲田大学法学部卒業。70年に松下電器産業に入社、73年に退職し、74年に「ビッグコミック」に『風薫る』を発表して漫画家としてデビュー。83年に「週刊モーニング」で『課長島耕作』の連載が開始。主人公は大手家電企業に勤務する団塊の世代のサラリーマン。その活躍は好評を博し、島耕作はその後、課長、部長、取締役、常務と昇進を続けていく。中高年の恋愛を描いた『黄昏流星群』(95年から「ビッグコミックオリジナル」で連載開始)では、第32回日本漫画家協会賞大賞を受賞している。

団塊の世代を代表するキャラクター「島耕作」。
バブル経済期に課長だった島耕作もいまは「常務島耕作」。
自らも団塊の世代である作者の弘兼氏は語る――
青春を、恋愛を、未来を。
そして「きっちり死んでみせる」と。

©弘兼憲史/講談社

木村― 弘兼さんは昭和22年生まれですから、団塊の世代の最初ですね。2007年から団塊の世代のリタイアが始まりますが、社会的コストが増大するとか、悲観的に語られています。団塊の世代としては、どう思われます。

弘兼― 団塊の世代は巨大なマーケットですから、生まれたときからいつも自分たちにスポットがあたってきたような気がするんですよ。
 つまり、団塊の世代は、日本が幸せな時代にお金を貯めてきた世代だと言えるわけですね。それでリタイアすると、どうやってこのお金を使おうかと考える。ですから団塊の世代というのは、旅行代理店や、投資関係や、いろんな業界にとって、魅力的な塊なわけです。「俺たちは注目を浴びているんだ」と考えれば、悲観的でもなんでもないんですね。
 でも今は、団塊の世代にとって、時期的には悲惨だと思うんです。まず収入はなくなる、体のいろんなところにガタはくる、親の介護が始まる時期だし、だいたい子供の教育に失敗していますからね(笑)。悩みは尽きない。ですから、そういうマイナス面はおいといて、楽しいことを追求して生きろと言っているんです。

木村― そういうプラス思考というのは昔からなんですか。

弘兼― 昔からですね。当時の僕らが挫折するというのは、受験に失敗したとか、学生運動での挫折ですけど。僕は幸いスイスイときたし、学生運動も避けて通ってきた。そういうタイプなんです。

木村― 早稲田大学を出て、松下電器に入られて、3年でお辞めになるわけですね。それはどうしてですか。

弘兼― 僕は漫画家になりたかったんですね。でも、そう簡単になれるもんじゃないですから、とりあえず漫画を生かした広告の仕事はないかと考えて、松下電器に入社したわけです。でも漫画を描くとなると、僕はキッチリ描くほうですから、一コマ描くのに4時間ぐらいかかるんですね。そうすると二足のワラジが履けないんですね。それで「最初に退職ありき」で辞めたんです。

木村― いきなり辞めても食えないでしょう。

弘兼― いや、それが食えたんですよ。フリーのイラストレーターとして(笑)。普通、漫画をやるといろんな苦労話があるんですけど、そういうのはなかったですね。ほんとに運がよくて。

木村― 下積みがなかったんですね。

弘兼― アシスタント経験もないですからね。最初に応募した作品が入選しましたから、空振りがなかった(笑)。

木村― 空振りのない人生ですね(笑)。

木村政雄編集長 Special Interview

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