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阿木燿子

覚悟の決めどころ

「成熟こそが人生の目的」

木村― とても立派なお話をうかがってきたんですけど、ゴルフはものすごく下手とかいうお話ですけど……(笑)

阿木― もうあきれるほど下手でしたね。ゴルフは、でもがんばったんです。陳清波さんの教室に五年間通って、合宿にも行って、二年目ぐらいでコースに出たんですけど、二〇〇を超えて……。一緒に回ってる人が「阿木さん、もう手で投げたら」って。私、すごい傷ついて、もうだめだ……努力していないならそれもしようがないけど、これだけ努力しても、まったく才能がないなって。

木村― そうですね……。

阿木― ゴルフでは、いろんな失敗談があって……、あるプロデューサーと一緒に回ったときは、「五〇〇円玉を落としましたよ」って拾ったら、「燿子ちゃん、それは置いたんだよ」と怒られて(笑)。

木村― 合宿まで行ってるのに。

阿木― そうなの、みんな真剣にやってるのに、素っ頓狂な女がいると、ほんとに迷惑だからってやめました。

木村― ゴルフ以外にも、何か失敗談ってありますか。

阿木― この間、主人が東京駅に車で迎えに来てくれて、家に着いてガレージをパッと見たら、「車がなくなってる!」。一瞬、盗難に遭ったのかと思ったんです、乗ってるのに、自分が(笑)。そういうことは年がら年じゅう。もう覚えてられないぐらい。
 主人もひどくて、以前、東京駅に迎えに来てくれて赤坂の自宅に帰るのに二時間かかったんですよ。おしゃべりしているうちに「深川」という文字が見えてきて、「なんか違う道じゃないの」って言ったら、「そんなことはない!」。東京生まれで東京育ちなのに、ぜんぜん違うところを走るんだから、考えられないっ! もうね、二人ともマンガのような世界だから、スタッフもあきれながらサポートしてくれています。

木村― ほっておけないんですね、周りは。

阿木― もう仕事に支障を来さないように、明日の仕事のことを日に五回ぐらい聞きますけど覚えられない。忍耐強いですよね、みんな(笑)。

木村― この雑誌の読者は五〇代以上が多いんです。そこで、阿木さんにぜひうかがいたいと思っていたのは、夫がリタイアすると、夫婦で向き合う時間が増えますが、そのときに、何を心がけたらいいんでしょうかね、夫婦が円満に添い遂げるためには。

阿木― お互いが別々の時間、ひとりになれる時間をつくることが大切ですね。一日に三〇分でも、一〇分でもいいですから。私たちも同じ部屋にいて違うことしている時があるんです。私は手芸をして、主人はレコードをヘッドホンで聴いている。二人とも、まるでひとりのようだけど、相手のことをどっかで気にしている。ふっと「お茶でも飲もうか」、「そうだね」って、コーヒーを飲んでまた……。そういう時間を自然に持てると、二四時間、息がつまらない。
 それに、この年齢になればこそいつくしみ合えますよね。この人は呼吸しているんだとか、動いているんだとか、そういうことに対するいつくしみの感情をはぐくむためには、お互いに「ありがとう」といった感謝の言葉を、ためらわずに発することですね。やっぱり「ありがとう」って大きいと思うんですよ。旦那さまの「ありがとう」という一言で耐えられることってずいぶんあると思うんですけど、当たり前みたいな態度をされると、「もぉう」っていう気になりますもの。
 この間、友人に人生相談されたんですけど、旦那さまが事業の失敗から奥さんの財産を食いつぶして、親戚じゅうが離婚しなさいって。でも、もう今年金婚式をあげるっていうのに、いまさら離婚なんて、と思いますね。人生の苦楽をここまで共にしてきたら、観念するというのも大事ですよね。

木村― 「観念」ね。

阿木― あきらめ。この人と添い遂げるんだっていうことを自分の人生の重要な目的にするって決めたら、いくらでも手だてはあると思うんです。でも、迷って悩んだあげく、その場しのぎの決断をしてしまってはだめですね。人生は確信犯で生きないといけない気がするんです。だから、覚悟の決めどころですね、お互いにね。

木村― なるほどね。「覚悟」とか「仁義」とか、男っぽいですね。そういえば、最近、男性に覚悟とか仁義がないですね。

阿木― そうですね。相手が男であってこそ、「この人のために何を捨ててもいい」といった女の強さをだせますけど、いまの男性は、すぐに自己完結したり、また自分自身を愛してる人が多いですよね。
 人生五〇歳を過ぎたら、自己愛から、もう少し発展した人類愛にかわるべき時なのに、ちっちゃな自己満足と自意識のなかにいるのは恥ずかしいことだと思うんです、私は。いつまでも若くいたいとか、若い子にもてたいとか、そんなことより、あなたは男として、人間として、どういう成長をしてきたのって思うんです。
 いまどきの人たちの不幸は、枯れられないことだと思います、女も男も。枯れることで得られる洒脱さがないですものね。私は男性でいまでも素敵だなって思うのは、ニッポン放送やフジテレビの社長だった石田達郎さん、それに漫画家の石ノ森章太郎先生。お二人とももういらっしゃらないですけど、ほんとに大人で、すごくやさしくて、なんとも言えないあったかみがあって、ユーモアのセンスがおありで、ばかばかしくって、かわいくって、そういう大人の男性も女性も少なくなりましたね。やっぱり成熟こそが人生の目的だと思います。

木村― 「覚悟」ですね。いいお話をありがとうございました。

阿木燿子(あき・ようこ)1945年、長野県生まれ。明治大学「軽音楽クラブ」で宇崎竜童(木村修史)と知り合い、71年結婚。75年、「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド」のために書いた曲「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」で作詞家としてデビュー。その後、山口百恵の曲を宇崎竜童と共に、作詞・作曲し、山口百恵の黄金時代を支える。「イミテーション・ゴールド」「魅せられて」他数々のヒット曲がある。また女優としても活躍。近年は、舞台のプロデュースを手懸け、宇崎竜童の音楽に作詞したロック版「曽根崎心中」を元にしたフラメンコ版「曽根崎心中」の上演を企画。06年には映画「TANNKA 短歌」で初の映画監督に挑戦。また、小説やエッセイ等幅広い執筆活動も続けている。

木村政雄編集長 Special Interview

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