
今日の日本人の平均寿命は、男性79歳、女性85歳だそうです。人生50年と言われた時代とは雲泥の差です。長寿が当たり前となり、誰もが老後のあり方を考えなければならない世の中になってきたのです。50代の方々は、お葬式への出席が年々増えていることを実感されていることでしょう。また、親の介護の問題もそろそろ気になり始めた頃ではないでしょうか。近い将来、子供として親の相続は必ず直面することになります。「相続なんてお金持ちの問題で、我が家は親の財産なんてほとんどないので相続争いなんて起こらないよ」などと無関心な方も多いのが現実ですが、ところが実際はそうではないのです。確かに税金(相続税)の面から見ればお金持ち特有の問題ですが、相続における争いのほとんどが、この税金以外のことが原因となって起こっているのです。
あくまでも一般的にですが、男性は5回、女性は6回相続を経験することになります。男性の場合、父、母、義父、義母の計四回と自分自身の相続を含めて5回です。女性の平均寿命が男性より長いことにより女性の場合はご主人の相続までも経験することになり、男性より一回多く相続を経験することになります。
とりわけ女性は、相続において理不尽な思いを経験します。実家の両親の相続では、「あなたは嫁に行って、○○家の人間になったのだから遺産分割に口出しするな」とか、夫の両親の相続にいたっては、同居に始まり、介護、葬儀、法要、その後の親戚付き合いなど、そのほとんどを取り仕切ってきたのがお嫁さんであるにもかかわらず、法律上は相続権がないため、遺産分割においては蚊帳の外の扱いを受けることになり、少しばかりの財産すらもらえないのです。しかも遺産以外の相続における厄介事のほとんどを引き受ける事になってしまいます。なんとも報われません。

戦前は、家の跡目を継ぐ者が財産をすべて相続する、という家督相続の時代であり、相続の権利者が一人だけであるので相続争いが起こる余地などありませんでした。戦後、民法が改正されたことにより家督相続の制度がなくなり、配偶者とともに子供たちが平等に均等な割合で相続できるようになりました。このことが今日における相続争いの最大の原因であると言えます。戦後、家長制度こそなくなったものの、「長男」と「それ以外の子供」とでは親に対する責任や立場が違うと多くの方が、今でもそのように考えています。長男自身もそのように感じて多少の無理をしてでも親と同居し不平不満を抱きながらも親の面倒をみているケースが多く見受けられます。「長男が親と同居して面倒を見るべきだ」という考えがまだまだ根強くあり、親の方も長男に対して同居の期待がある場合、同居を拒否しようものなら親子間に過度の対立や摩擦が生じてしまうことになってしまいます。親が生きているうちは「長男」と「それ以外の子供」との間には大きな差があるにもかかわらず、いざ相続が起こってしまうと法律はそんなことはお構いなしに平等に扱います。親が亡くなってしまうと、同居して面倒を見続けてきた長男は、「親の面倒を見てきたのだから、相続が均等であるなんてたまらない」との思いから、その苦労を遺産によって報われたいと願います。他方、親と同居せずに気楽に別々に暮らしてきた子供は、法律上の文面を盾にして、そんなことに関係なく相続権は平等であると主張しようとします。両者の言い分が遺産分割の場面で激突し、いままで円満に過ごしてきた兄弟姉妹が想像もできないほど対立し、疑心暗鬼になり、ついには、兄弟姉妹の付き合いもしなくなるといった絶縁状態までになってしまう可能性があります。このように、現在の家族法が、家族関係の現場における実態に合っていないことによる制度上の欠陥が「相続」を「争族」(相続争いの家族をもじった言葉)にしてしまう最大の要因であると言っても過言ではないでしょう。
長引く不況によるリストラ、雇用状況の変化、構造改革による格差の拡大、さらに核家族化に伴う家族構成の変容、老人介護等の問題など社会情勢の大きな変動のもとで、子供たちの連帯意識がますます薄れる傾向にあります。それと同時に個人の権利意識の高まりが相まって遺産をめぐる争いが年々増加し、かつ、複雑深刻化しています。子供の立場からみれば教育資金、住宅資金、退職後の老後の資金など金銭的な不安を多かれ少なかれ抱えていることでしょう。そのような状況において苦労しないで財産を得ることができる千載一遇の機会に、少しでも多くもらいたいという気持ちになるのもやむを得ないことなのかもしれません。一般的には敷居が高いと思われている家庭裁判所に持ち込まれる相続に関する相談は、なんと年間10万件を超えています。年間の相続件数が約100万件であることから、その1割以上もが家庭裁判所に相談を持ち込むほどの深刻な相続争いとなっているのが実情です。これだけ数が多いと相続に関する争いを身近なところで経験された読者の方もいらっしゃることでしょう。相続における争いのほとんどが遺産の分け方をめぐるものです。なぜ故人は財産を残したのでしょうか? 子供たちの幸せを願い、財産が多ければ多いほど家族が幸せになると信じていたからに他ありません。ところが、その意に反して、残した財産が争いのもとになってしまうなんて、なんとも救われません。
いざ相続が起こってしまえば、遺産の分け方の問題、税金(相続税)の問題、残された親の介護、同居など扶養の問題などが待ったなしに起こってきます。その結果、必ずといっていいほど経済的な面、家庭環境等に影響があり、その後の人生の大きな転換期となるのです。50代の今こそが、来るべき相続について準備する適齢期であり、その対応しだいで今後の生活が大きく左右されます。これから小欄ではその参考になる様々なお話・事例を紹介していきたいと思います。
(かたおか・じゅんじ)税理士。昭和二一年、奈良県生まれ。昭和四四年、大阪大学工学部精密工学科卒業後、税理士登録。昭和五六年、片岡会計事務所所長。平成一七年ジェイシス税理士法人の代表社員に就任。経営計画、事業承継、企業再生に特化した業務を展開している。また個人の歴史、業績、思い出、作品などを個人博物館としてデジタルコンテンツとして残す「万華録」を提唱している。