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ルー大柴

人生マウンテンありバレーあり

「デスティニーな出会い」

木村― 自分では、人を笑わせようなんていう意識はまったくなかったんでしょう。

ルー― 小さい頃に、植木等さんとか林家三平さんとかは見てましたから、お笑いは嫌いではなかったけど、まさか自分がお笑いというか、お笑いなんですかね……お笑いでしょうね、そういうふうになるとは思ってなかったですね。だけど、もうワラをもつかむ思いだったので、与えられたものに関してはすべて全力投球でやらなきゃと思ってました。それで、少しずつ、お笑いというかバラエティの仕事がいただけるようになったんですが、やっぱり「ルー大柴」っていう名前を浸透させなきゃいけないと思って、たまたま海パン姿になったら、それがインパクトがあったんでしょうね。「浅草橋ヤング洋品店」(テレビ東京)の司会をやるようになって……まあそういう流れになっていくんですけどね。

木村― 役者さんを志して、食えないのが当たり前みたいな人が多いじゃないですか。自分たちで公演をして、それで満足してしまっている人もいますよね。いまもいっぱいいると思うんですけども……。

ルー― 自分たちも、二〇代や三〇代の頭ぐらいは、「いつか見てろ」みたいなことでアングラ的なことをやりました。でも現実にはアルバイトしながらやってるわけですから、やっぱりお金を稼がないといけないと思っていましたね。
  テレビという媒体でとにかくまず名前を出して、それで当たれば、あとは名前で役がもらえると思ったんですね。どんなにうまい役者でも、名前が売れてないとなかなかキャスティングしてもらえませんからね。

木村― なかなか役がとれませんよね。

ルー― 「そんなものなんだ、ジャパンのシステムは」と思ったんですよ。それで「海パンになっても、とにかく『ルー大柴』という名前を全国区にさせなきゃ」と思ってやったら、もう「嫌われタレントナンバーワン」三年連続、「西の(西川)のりお、東のルー― (大柴)」とも言われましてね。でも、各局にレギュラーを持って、夢のような毎日だったんだけど……。

木村― 三五歳ぐらいの頃ですか。

ルー― そうですね、三五歳から八年間ぐらいはいろいろやりましたよ。で、そこから番組が一本減り、二本減り……ってなってくるわけです。
  それはやっぱり飽きられたんだと思う、いま分析すると。ワン芸で、大きい引き出しがひとつしかなかった。名前は世に出たけども、やっぱりインパクトだけでは飽きがくるんですね。
  そこで、「自分は役者になりたかったんじゃないか、ぜんぜん違う方向にいっちゃったじゃないか」と思って、仕事を舞台中心にしたんです。

木村― それは四五歳ぐらいからですか。

ルー― そうですね。舞台をやってると、自分としては満足できるんだけれども、テレビには出なくなりますよね。そうすると「あの人はいま」みたいな感じになるわけですよ。舞台で地方に行っても、若者から「どうしたんですか、昔ルーさんからパワーをもらったのになあ」っていう声が聞こえてくるわけですよ。でも、私は舞台をやりながらなんとか食べていこうと思って、やってきたんですけどね。

木村― そして、いまの社長さんと出会うわけですね。

ルー― 五〇歳を過ぎて、「六〇までどうしようか」と考えているときに、新しいマネージャーに言われたんです、「ルーさん、このまま芝居で歳とっていくんですか、それとももう一回『ルー大柴』でテレビに出るんですか」って。私も、もう一回やりたいと思っていたこともあって、彼と二人スリー脚でやり始めた。そのときのマネージャーがいまの事務所の社長なんです。

木村― 節目節目にいい人に出会いますね。小堺さんや関根さんといい。

ルー― デスティニーというか運命なんです。私の人生、マウンテン(山)ありバレー(谷)ありなんです……またルー語がでてきちゃったんだけども。(笑)
  でも「もう一回世に出ることは非常に大変なことだから、もういままでのルー大柴じゃない、意識革命してくれ」って言われましてね。それではじめたのがブログ(「TOGETHER」)なんです。自分の思ったことをブログに、やり方を教わってやり始めたんですよね、二年ぐらい前に。
  それとNHK「みんなのうた」で歌った「MOTTAINAI」。これが大きかったですね。去年四月から流れるようになって、じわじわ売れてきたので、いま若い世代のファン「ニュー・ルーマニア」が増えてきたんですね。
  ブログのコメントに「ルーさんって海パンはくんですね」っていうのがあったんです。いまの若者は昔の私を知らないんですね。そんな子どもたちが、いまブログを読んでくれてる。ブログを見るとウォームになるとか、元気になるとか、私も英語でしゃべらなきゃとか……反応がダイレクトでおもしろい。

木村― いや、ブログ、おもしろいですよ。

ルー― 中学二年ぐらいの英語をちょっと入れているんですけども、いまの若者は私のときより英語力がありますからね、それでルー語が学校で流行ってくれたんですね。それから仕事をいただくようになって、バラエティにどんどん出るように……。

木村― 復活大作戦ですね。

ルー― まあ復活というか、「再ブレーク」なんて言われたんです。

木村― なかなか難しいですものね、芸能界って。でも、やっぱりがんばってない人が売れるなんてことはぜったいないですよ。まあがんばったから売れるとは限らないですけど。それも一回はあっても、二回はめったにないですね。

ルー― そうですか。大阪の仕事も多いんですよ。なぜかしらないけれど……。

木村― 合いますよ。大阪の人が受け入れるキャラクターですね。

木村政雄編集長 Special Interview

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