いかなる事業であれ、よき品、よきサービスを適切な価格で提供するのがその基本である。その基本を外せば、早晩、商いは成りたたなくなる。当面の目標は、利益をあげつつ客によろこんでもらうことである。究極の目標となると、人びとに潤いをもたらし、少しでも世の中を望ましい方向へと変えていくことであろう。
一時期、威儀を正して食するような蕎麦屋が跋扈した。酔っぱらって来店するな、店内で煙草を喫ってはならない、子どもづれはお断り……などと、禁止事項を書きつらねた看板が軒先に掲げられている。そのような看板があると、私は店に背をむけていた。蕎麦好きではあるが、客に身を縮めさせるような店はご免である。中高年の元サラリーマンが開業する店に、そのようなのが少なからずある。根っからの商売人ではなく、趣味が高じて開業すると、その「わが城」をだれからも侵されたくない、黙っておれの料理の真髄を味わってくれ、という気持ちがつよくなるのであろう。そのせいか、蕎麦屋にかぎらず元サラリーマンの飲食店が潰れてしまう事例は数えきれないほどある。
客によろこばれ、愛される店を築こうとしてきた元サラリーマンがいる。
千葉県柏市に住む高橋弘人【ルビ=ひろんど】さん(昭和一九年生まれ)は、日本リーダーズ・ダイジェスト社で働いたあと、五〇歳から長野県下の蕎麦店で二年間の修業をした。いつの日かペンションを経営し、そのおもてなし料理として蕎麦懐石を提供する考えでいた。しかしペンションの候補地が入手しにくいとわかり、とりあえずは蕎麦屋を開業することにした。駐車場だった義父の土地の一部を借りうけ、そこに店をかまえた。開業資金は、公的金融機関から三〇〇〇万円まで借り入れが可能であった。そのとき高橋さんは五二歳。「年齢的にあとがない」という思いが準備を急がせ、「すずめ庵」を開業することになった。
早朝から蕎麦を打ち、午前一一時からの開店に備える。休憩するのは午後二時から五時まで、それ以外は立ちっぱなしで夜一〇時すぎまで働く。朝食も夕食も立って食べるありさまだった。このような日々が一年半もつづき、一人前の職人になるための試練として腰痛も肩こりも腱鞘炎も体験した。手伝う妻も音をあげていた。商売繁昌はうれしいことであるが、夫婦共倒れになりかねない。
そのような折、次男が「手伝うよ」と言ってくれた。次男は有名な料理学校で洋菓子づくりを学び、ケーキ職人として働いていた。肉体的にも精神的にも疲れきった両親の姿を見かねたのか、蕎麦づくりに興味をおぼえたのか、いずれにせよ方向転換をしてくれたのである。こうして店を維持することができた。
当初、高橋さんの蕎麦打ちは時間がかかりすぎて「蕎麦が風邪をひく」と言われるような、生地からしっとりとした感じが失われたりした。修業した店では味つけまでは教えてくれなかったので、醤油にしても納得できる味にするまでに四回も取りかえた。こうした素人から脱けだせない状態にあった時期から、店は客に愛されていた。場所は繁華街ではなく、鄙の風景が残る住宅街である。立地は必ずしもいいとはいえないが、それでも健闘していた。その理由として、懸命に励む店主の姿が客の共感を呼んだのであろうし、さらにいえば、それまでの商売人にない発想のもと地域に根ざした店を心がけたことがあげられる。
高橋さんのこだわりが、広い店内の随所にうかがえる。テーブル席や座敷に飾られた花々は、造花ではなく生花である。それらは近くの野辺で摘んだものであった。壁一面の棚には折にふれて壷や絵画、木目込み人形などが飾られ、ギャラリーのようである。それらは地域の人びとが制作したものであった。店のパンフレットには、はじめて訪れた客に少しでもこの地のよさを知ってもらうおうと、近隣のハイキングコースが描かれていた。

《基礎知識、技術を初めての方にも分かりやすく手ほどきいたします。終了後に、打ったそばを試食し、残り(約四人分)はお持ち帰りいただけます。初心者歓迎、道具はそろっていますので、エプロンと手拭きタオルだけご持参ください》
と手づくりのチラシにある。北海道産の上質粉四〇〇グラムと強力粉一〇〇グラムを使用し、二時間かけて、一回で終了する指導がなされる。申し込みは二人以上から、料金は一人三〇〇〇円である。店にチラシをおいただけなのに、半年間で一〇〇人以上が生徒になった。
いまでは店を次男にまかせ、高橋さんは地域活動に精を出す。柏市コミュニティ委員会の委員長として「まちづくり」の一端を担う。市内に中学校区は二〇ヵ所あって、それぞれに近隣センター(公民館)が設けられている。そこで二時間半におよぶ「蕎麦打ち教室」をひらいている。
「営業活動もかねておりましてね」
と笑いながら語る。蕎麦打ちの面白さを知った受講者が、店に食べにきてくれることもあるし、さらに技をきわめるべく店で個人レッスンをうけたりもする。
さらに日曜日には店で「英語のおしゃべりの会」を催している。ネイティブスピーカーを囲んで地域の人たちが英会話をたのしむカルチャースクールといったところか。
これから先、近辺は高齢化がすすんでいく。そのためにも、店をお年寄りがあつまるサロンのようにするのもいいと考えている。午後二時から五時までの休憩時間を土地の人たちに店内を開放して、そこをみなさんの居場所にしてもらうのはどうか……と。
蕎麦屋にかぎらず、これからの商売は、地域を活性化するという発想が客によろこばれる。よき品、よきサービスにくわえて地域貢献が起業を成功に導く時代である。
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(かとう・ひとし) 1947年、名古屋市生まれ。72年、早稲田大学政治経済学部卒業。
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