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第2回 子供がいないから――

 子供がいない夫婦に相続があった場合、配偶者と被相続人(亡くなった人)の両親が相続人となりますが、一般的にいって、亡くなる順番から両親はすでに他界している場合が多く、実際のところ配偶者と被相続人の兄弟姉妹が相続人となります。
  今回は、子供のいない夫婦の相続対策の事例をご紹介したいと思います。

大人数の兄弟姉妹

 小島(仮名)さんご夫婦には子供がいません。夫の健二(仮名)さん(当時五九歳)は、長年公立高校の教師として生計を立てています。一〇人の兄弟姉妹があり、健二さんは九番目です。妻の明子(仮名)さんも同様に八人の兄弟姉妹があります。戦時中の「産めよ増やせよ」のスローガンの象徴ともいえるでしょう。小島さんご夫婦のご両親はいずれもすでに他界していますので健二さんが亡くなれば、明子さんと、健二さんの九人の兄弟姉妹たちが相続人(兄弟姉妹の何人かは亡くなられていましたので、代襲相続人を含めることになります)となります。同様に明子さんが亡くなれば健二さんと、明子さんの八人の兄弟姉妹たちが相続人となります。民法上、兄弟姉妹の法定相続分は全体の四分の一となっています。その四分の一を兄弟姉妹の頭数で均等に分けるのです。兄弟姉妹の数が多いとなかには一人ぐらい取り分に異論を唱える者が出てくることも予想されます。

お互いに遺言

 そこで、小島さんご夫婦はお互いに遺言書の作成を決めたのです。遺言の内容は「財産のすべてを妻(夫)に相続させる」というものです。これにより、配偶者は被相続人の兄弟姉妹と遺産分割協議をしなければならないという難題から開放されることになります。読者の方のなかには、遺留分(この言葉をご存知であれば相当の勉強家です。)はどうするんだ? と疑問をお持ちの方がいらっしゃるかもしれませんが、兄弟姉妹には遺留分は認められていないのです。

独りになる不安

 遺言書の作成後、健二さんの晴れ晴れとした表情とは対照的に、明子さんは、「遺言書を作成したことにより遺産分割などで兄弟ともめずにすむでしょう、しかし、夫の死後、夫の兄弟たちは私と縁を切ってくるでしょうし、私も自分の兄弟たちと縁を切る覚悟でやっているのだから独りぼっちになってしまう」との思いから不安になっていたのでした。
「金の切れ目が縁の切れ目」という言葉があるように、夫婦がお互いに遺言を使って兄弟姉妹に相続分を残さないようにしたということを知れば明子さんの兄弟姉妹との関係も切れることになるかもしれません。財産での関係が切れてしまうことで、兄弟姉妹との関係も切れてしまえば、お互いに精神的な支えとなって老後を過ごしていくことが困難になるでしょう。夫婦の遺言は、夫婦の一方に財産がいくことまではいいものの、その残された一方がどのように老後を生きていくのかが悩みとなることもあります。明子さんは、遺言をしながらそこまで思いをめぐらしていたのです。本当は、親身になってくれる親族がいることが一番いいのです。しかし、明子さんが決断した遺言というものは親族の関係さえも奪いかねないものなのです。

心のよりどころ

 私は、明子さんに次のようにアドバイスしました。「これは、難しい問題ですね。しかし、今度の遺言で夫が先に亡くなれば、あなた個人の遺産については受け取る人がいなくなるので、あなたの遺言は自動的に無効となります。そうなると、あなたの兄弟姉妹は相続権を持つことになり、あなたの財産はあなたの兄弟姉妹が相続することになります。つまり、あなたの実の兄弟姉妹とは法律関係が続くのです。遺言書作成の次には、兄弟姉妹のなかの誰かをあなたの老後を託す人として選ぶことが大切でしょう」。

そして、夫婦がお互いに遺言したことは、お互いの兄弟姉妹には内緒にしておき「兄弟姉妹の縁を切る」などと声高に言わないようにアドバイスするとともに、任意後見人という制度があることを説明しました。明子さんにも、夫の亡き後、自分自身の相続は確実に近づいてきます。独り残ったご自身を任せられる人を用意しておくことがこれからの老後の重要な仕事となります。親族にそのような方がいないときは友人や知人頼りにすることになります。その場合利用されるのが、任意後見制度です。
  この任意後見制度を利用する場合、親族、友人、知人、専門家(弁護士、司法書士、税理士など)あるいは法人(社会福祉法人など)から、任意後見人となる候補者を自ら選ばなければなりません。任意後見人は、本人の判断能力が不十分となったときに、家庭裁判所から選ばれた任意後見監督人の監督下で、老後の重要事項(生活、療養、財産管理など)を本人に代わって、本人のために代理します。任意後見契約の公正証書は公証役場でできますが、一番大切な「任意後見人探し」は自分自身でしなければなりません。しかも、その人が、無報酬でやってくれる保障は必ずしもありません。弁護士等の専門家に任意後見人を依頼する場合は必ず有償(月額三万~五万円程度が相場のようです。)となります。
  任意後見制度は、法律上のしっかりした制度であり、悪い輩に悪用されることは少ないといえます。そして、この制度は高齢化社会において今後ますます重要となるでしょう。しかし、それも任意後見人として適任者が見つかった場合です。
「元気なうちに、相応しい人がいるかどうか夫と相談して決めたいと思います」。明子さんはそう言って事務所を後にしました。その後、小島さんご夫婦とはお会いしていませんが、伝え聞くところによりますと健二さんは定年退職を向かえ、夫婦仲良く旅行、家庭菜園などセカンドライフを満喫しているそうです。

 

(かたおか・じゅんじ)税理士。昭和二一年、奈良県生まれ。昭和四四年、大阪大学工学部精密工学科卒業後、税理士登録。昭和五六年、片岡会計事務所所長。平成一七年ジェイシス税理士法人の代表社員に就任。経営計画、事業承継、企業再生に特化した業務を展開している。また個人の歴史、業績、思い出、作品などを個人博物館としてデジタルコンテンツとして残す「万華録」を提唱している。

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