木村― 志の輔師匠も五四歳ですね。夫婦のこともうかがいたいんですけど、夫婦円満になるにはどうしたらいいですかね。
志の輔― いやあ......うちもそんなに円満夫婦じゃないですからね。ただ、おもしろいなと思ったのは、どなたかがおっしゃっていたんですけど、昔、人生五〇年だったものですから、二〇歳ぐらいに価値観を決めたら死ぬまで変えなくてもよかった。いまは、亭主であろうが、女房であろうが、二〇年ごとに価値観がリセットしていくというような時代で、考えが多少ずれてきたりするのは当然、「昔はそうじゃなかった」なんて言葉が出てくるのも当たり前だと思っていないといけないというのは、私も、ああそうだなと思いますね。
電化製品をうちの中に入れるのに一生懸命働いてきたのに、電化製品は環境に良くないからなんとかしてくれとか、時代がどんどんそういうふうに変わるということも全然思っていなかったですよね。
木村― はい、はい。
志の輔― そういう面でいちばん驚いたのは落語ブームが来るとは思っていませんでした(笑)。昭和四〇年代から五〇年のちょっと頭ぐらいまで落語黄金期があったんです。それでドンと低迷して、低迷期の終わりころに私入門したんですけど、落語ブームなどというものはもう来ないんじゃないかと思っていました。でも、時代のテンポの速さと世の中があまりにも複雑になったので、落語のような単純なものにものすごくお客さんが安心してくれて、それで周り見たら、日本的なものがどんどんなくなっていっているので、落語って日本じゃないかというので、寄席に来ていただいたりして、非常におもしろい変化だなと思います。
木村― かつては特定の噺家さんの人気だったと思うんですけど、いまもうちょっと層が厚いというか、落語そのものに対する興味が出てきたという感じはしますね。
志の輔― ほんとそうです。落語というものがいいもんだと思ってくださる方がどんどん増えてきている。
木村― 一方で、漫才というものがあまりにも若者に特化しすぎてて、中高年にはちょっと違和感があるんじゃないかなという気がするんですね。落語って、どこか活字に近くって、本を読む人は落語が好きだと思うんです。
志の輔― はい、はい、はい。
木村― だってネタふりを聞いていないと、オチが笑えないですよね。そういうところが中高年の支持を得ているのかなと思いますね。
志の輔― そうですね。三〇代、四〇代には、映画やテレビで、いやというほど新しい映像を見せられてきた人たちが、五〇代になったときに、もう見たことがあるような映像ばかりになって、そしたらただ一人の人間が座布団の上でしゃべっているのに、後ろに長屋が見えてきたり、城が見えてきたり、侍がいたりする。これ、結構クセになる喜びだと思うんですよ。映像は誰かがつくったものを見せられているんですけど、落語は自分が見るものをつくり出しているんですものね。お金払いながら、自分で作業している不思議な芸能なんですね。いま脳年齢とかが流行ってますけれども、ああいうことを一生懸命やらなくても、落語聞いて、どれぐらいの絵が浮かんだかで、大体自分の脳年齢がわかるんですね。
木村― 最後に、この雑誌は五〇代からの読者が多いんですが、五〇歳からでも元気に前向きに、師匠のように暮らしていける秘訣をお教えいただきたい。
志の輔― いや、そんなことは......ただ、思うのは、笑わせる仕事なので、「笑うということは体にいい」とか言われますが、NHKの『ためしてガッテン』とかやっていると、いろんな大学の先生からお話をうかがう機会もあるんですが、ある先生は、「笑うことも大事だけれども、泣くということもものすごく大事なことだ」と言ってました。もちろん感動の涙は理想的だけれども、悔しいとか、悲しいとかでも、とにかく涙を流すということはとても良いことのようですね。
木村― ああそうなんですか。
志の輔― 感情の高ぶりが一日のうちに一回あるということは、ほんとに体に良いことなんですよと言われたときに、ああそうなんだと。だから新聞見て、「なんだ、これは」と思うこともとても良いことだし、ちょっといい話を読んだときに、「いい話だな」と思うことですね。だんだん年取ると、世間のことをだいたいわかった気になっちゃうんですけど、わかった気にならないことがいいらしいですよ。
木村― そうですか。
志の輔― ですからなんにでも、「なんでだろうな、なんでだろうな」と言いながら、喜怒哀楽の一つでも毎日あったら、それは非常に豊かな人生なんですね。
木村― そうですよね。いいお話をうかがいました。ありがとうございました。
撮影=吉原かおり、構成=森國次郎
後記
物腰といい、話し方といい、およそ芸人さんらしくない。このままスーツを着れば、オフィスにいても違和感はない。社会人として経験を積み、二九歳で入門したキャリアがそうさせているのかもしれない。「若い時は嫌だった」という、この普通感覚。今ではむしろ強みになっている気さえする。「落語って、最終的に演者のメッセージですから」。この言葉をむねに、これからも志の輔流を貫き通してほしい。(木村)
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