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福島県 スパリゾートハワイアンズ

 一ヵ月飛んだだけでずいぶん長い間温泉に行っていないような気がしていたので、今回の温泉の旅は気分がホクホクして、すでに湯から上がったように心が温まっていることを実感しながら、上野から常磐線で磐城湯本に向かうことになった。昨夜あまり眠っていなかったせいと、新幹線と違って揺れの激しい列車のせいで睡魔に襲われそうになったが、久し振りで顔を合わすMさんと会話を交わすのも悪くないと、とうとう目的地の磐城湯本まで美術界の裏話など人の悪口などもはさんで、結構無為な時間を有為な時間に転倒させているうちに元気になった。当初の予定では、いわき駅で降りる予定だったが一つ手前の駅で下車して駅前からタクシーを拾って、その間に途中腹ごしらえをしたあと、いわき市美術館に立ち寄ることにした。
  すでに事務所から電話をしておいたのに、ぼくが訪ねることになっている学芸員のT氏は、今日は休みだという。電話に出た人によると、T氏はぼくの担当者だと言ったそうだが、この美術館はぼくの作品を一点所蔵しているけれど、別に普段から特別懇意にしているわけではないのに、ぼくの「担当者」がいるとはどうも合点がいかない。迎えて下さった副館長の佐々木吉晴氏に話を聞いているうちに、近くこの美術館で展覧会が開催される池田満寿夫とぼくを間違っていたことが判明した。それにしてもすでにこの世の人ではない池田満寿夫がなぜ今日美術館にやってくるというのだ。するとぼくは池田のお化けか?
  スパリゾートハワイアンズという超大型大衆娯楽施設のマンモス・アミューズメントホテルに行くことになったのは、温泉巡礼の旅もほどほどにしてここら辺りで毛色の違った温泉でうんと世俗のアカにまみれるのも社会勉強のひとつとMさんが考えたかどうかは知らないが、なぜかここに決まり、ぼくも大いに共感をしたのであります。あんまり巨大な建物でナビゲーター役のMさんがいなければ、わが夫婦だけではきっと迷子になりかねない。宿泊者全員がアロハシャツやムームーを着用させられて常温二八度の常夏ハワイ気分でリゾート感覚を「どうぞ」と満喫させられているのだが、頭の片隅の理性がどうも邪魔しているらしく、徹底的にこのホテルの全施設を楽しむほど気持ちが溶け込んでいないので、一つ二つつまみ食いをする程度で、大プールで泳ぐわけでもなく知恵の輪のように廻りくねったスライダーでプールの中に滑り落ちるスリリングも味わえず、どことなくわれわれ三人は大方の客と比較するとやや気取った行動を取っているように思えた。
  ポリネシアンショーがビーチシアターで始まるやいなや、全宿泊者が一同に集合して、開演前から席の場所取りが始まり、われわれが行った時には後方の座席しか空いておらず、Mさんとぼくは二人でステージから最も遠い場所で控えめに座していたが、わが妻は結婚当初から場所取りの名人でどんなに混んでいようが必ず座席を見つけてくる天才的能力があり、いつの間にか姿を消したかと思うと、今や開演遅しと待ちかまえている満員の座席のしかも最前列のド真中の客を「もう少しつめてもらえませんか」とかなんとか言ったらしくMさんとぼくの席までついに確保したのであった。
  これ以上ないという最高の特別席で男性の火の踊りや女性のポリネシアンショーを間近で観賞することができた。その昔にこの地で繁栄した常磐炭鉱が時代の流れに抗し切れずついに閉鎖される運命に至った時、生活基盤を失った町の人たちがなんとか生き延びようと知恵を出し合って、このとてつもないプロジェクト「温泉大陸」を開発することになるのだが、当初はこの町の若い娘たちを集めてフラダンスを教えたのが、今日のスパリゾートハワイアンズになったというのだ。
  われわれが体験した施設はほんの一部だけれどここを片っ端から試してみるなら、まる二日が必要であろう。こんなマンモス施設で出る料理には全く期待していなかったが、それが予想に反して、なんと今まで訪ねた二十数ヵ所の旅館のベスト5いやベスト3に入るのではないかと思うほど料理の種類も質も味もよかった。
  さてさて翌日は、ここから三〇分ほど離れた所にある日本道観を訪ねる予定で、午前一〇時にホテルまで車で迎えに来てもらい、かつてぼくがここで道引術を習ったことのある道場に遊びに行くことになっていた。かつてここを訪ねてかれこれ三〇年になるだろう。その間にもう一度訪ねたことがあったが二年前に改築された建物はすっかり見違えるほど立派になっていて、早島寺という日蓮系のお寺までが新築されて、かつての面影はどこにもなかった。Mさんと妻は何も知らずにやって来たものだから、まるで龍宮城にでも連れてこられたような気持ちでいたのではないかと思う。
  ちょうど道長さんがおられて、建物をぐるっと取り囲んでいる周囲の庭々を案内していただいた。この庭を見るのはぼくも初めてで裏庭には洞窟が二つあり、世界各地から自然に集まってきたという石仏などが道館やお寺を守護するように並んでいた。生前の大先生が集められたという鎧兜や江戸時代の薬の看板まで、信じられないほどたくさん展示されていて、まるで博物館並みの収集であった。
  新築された早島寺の本堂には日蓮様と大先生の像が鮮やかな色で彩色され実に明るい雰囲気で辺りに「光の気」をめぐらしているのを感じた。道場には三官像という天、地、水の護り神の像や絵がたくさん並べられた台湾的バロックとでもいえばいいのだろうか、なんとも例えようのない不思議な色彩のエネルギーを発散しており、この部屋でお茶とお菓子をいただいて、ペ・ヨンジュンがおしのびで来たという海辺に建つゴルフ客専用のリゾートホテルで昼食のご馳走にあづかることになった。
  このあと岡倉天心が開校した五浦の画塾に赴き、有名な六角堂を見物することになった。激しい波の打ち寄せる岩壁に建てられた小さい六角堂に籠もって天心は何やら哲学的な思索にふけったらしいが、夜ともなれば海が牙を剥いて襲いかかってくるような恐ろしい場所で、潮騒と海風の音が聞こえてくるようで身震いするのだった。以前来た時は横山大観や菱田春草が絵の制作をしたという場所を見学した記憶があったが、確か旅館になっていたと思う。その時ひとつ印象に残っているのが欄間に掛けられた三島由紀夫氏の色紙だった。この色紙には毛筆で対角に「三島由紀夫」と書かれていて、それがぼくに何となく鬼気迫るものを感じたのを覚えている。なんでも三島氏は最後の作品『豊饒の海』をここで執筆したとも聞いた。それにしても、ここの断崖に立って海を眺めていると、ふと『奔馬』のラストシーンで勲が刀を腹に突き立てたその場所のように思えるのだった。
  列車の時間まであんまりないというので、この旅館には立ち寄らず車で日立駅まで送ってもらうことになった。すでに車の中でも眠っていたが列車に乗るなり今書いているこの原稿を書こうと思って膝の上に原稿用紙を置いたまま終着駅の上野駅まで熟睡してしまった。日本道観を引き上げる前に道場内の温泉(肌がぬめぬめする)に入ったのと朝風呂など、温泉づけのため睡魔には勝つことができなかった。今回の旅もいつもと同様一泊二日なのに、今回はまるで三、四日いたような時間感覚を覚えた。乗物で眠るのはMさんの専売特許なのだが、今回はとにかく乗物に乗ると同時に眠くなってしまったのは、ぼくには珍しいことであった。
  結局この原稿は列車の中では書けなかったけれど、帰京二日目の朝七時頃からベッドの中で書き始めて約二時間で書き終えたが、さて今回の絵はどうするか? 閉鎖された炭鉱にボコボコ露天風呂が湯煙を上げてその辺りで地元の若い女性たちによるポリネシアンダンスでも踊っている光景でも描きますか。二、三年前に『フラガール』という題名でこの炭鉱を舞台にした映画が制作されたそうだ。ホテルの売店で買ったこの映画のDVDでも見ながら絵の構想でも練りますか。

横尾忠則(よこお・ただのり)一九三六年兵庫県生まれ。美術家。二〇〇六年、パリのカルティエ現代美術財団で個展を開催し高い評価を得た。四月に初の小説『ぶるうらんど』(文芸春秋)が刊行された。他にエッセイ集『人工庭園』(文芸春秋)、『横尾忠則―画境の本懐(KAWADE道の手帖)』(河出書房新社)、本連載をまとめた『温泉主義』(新潮社)、『隠居宣言』(平凡社新書)などが刊行されている。また、「冒険王・横尾忠則」展が兵庫県立美術館で開催中(八月二四日まで)。
http://www.tadanoriyokoo.com

横尾忠則の温泉主義

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