「親と同居し、介護をしているのですが『寄与分』」は認められますか、また、どのくらいになるのでしょうか?」日々の相談の中で、このような質問をされることがよくあります。民法には『寄与分』という制度があります。寄与分とは、相続人間における実質的な公平を図るための制度であり、経済的負担をして親を介護した者や、ほとんど無給で親の事業の発展に尽くした者と、そうでない者が、親の遺産を均等に分けるのは不公平となりますので、それを是正するのがその目的です。寄与分の計算の仕方は、遺産の総額から寄与分を差し引いた相続財産(みなし相続財産)を各相続人の法定相続分により分けた後、寄与分があった人に、その寄与分を加えることになります。寄与分は被相続人(故人)への労働力の提供、療養看護があった場合に、相続人全員の話し合い(協議)をして決めるのが原則なのですが、協議がまとまらない場合には、家庭裁判所に調停や審判を申し立て、その額を決めてもらうことになります。この場合、家庭裁判所は、寄与の時期、方法、程度、遺産の額などといった一切の事情を考慮して寄与分を決めます。なお、寄与分は相続人だけに認められる制度であり、長男の嫁、甥、姪などの相続人でない人には認められていません。
中野泰男(仮名・五二歳)さん夫婦も、その寄与分について悩んでいました。泰男さんには三歳年上の兄・徹さん(仮名・五五歳)がいます。徹さん夫婦は母・絹江さん(仮名・七六歳)と同居し、長年にわたり介護をしてきました。徹さん夫婦は共働きでありながらも、精一杯介護するよう努力してきたのですが、泰男さんから見れば、兄夫婦の介護の仕方に不満があったのです。

ある時、兄弟で母の介護などについての雑談の中で、泰男さんはつい文句を口にしてしまったのです。この文句が徹さんの気に障り激しい口論となってしまいました。それを傍らで聞いていた徹さんの妻・美千代(仮名)さんが、「そういうことならば、もうお義母さんの面倒はみません」ときっぱり言ってしまいました。この事があって、泰男さん夫婦が母・絹江さんと同居し、介護をすることになったのです。
泰男さん夫婦は、予想していた以上の同居の気苦労、介護の難しさを痛感しながらも絹江さんが亡くなるまで、絹江さんの気持ちをできる限り尊重するように努め、また、足腰が弱って車椅子の生活となった絹江さんのために、多額の出費をして、自宅をバリアフリーにリフォームしました。絹江さんも、徹さんご夫婦と同居していた頃よりも明るく、充実した老後を過ごせるようになり、「泰男夫婦にはよくしてもらって本当に感謝している」と口癖のように周りの人に言っていました。泰男さん夫婦との同居を始めて三年あまり経った頃、絹江さんは亡くなりました。ところが、絹江さんは、遺言を残していませんでした。そして、絹江さんの遺産である不動産と預貯金の分割を巡って、兄弟同士が争いとなったのです。泰男さんは「寄与分」を主張しましたが、家庭裁判所は泰男さんの寄与分を認めてはくれませんでした。結局、法定相続分による分割で決着がつきました。
昭和五五年、民法に寄与分の制度が新設されました。これにより、親の療養看護をした場合等について寄与分が認められ、法定相続分の修正が認められることになりました。ところが、この「寄与分」が認められる条件はとても厳しいのです。相続人の療養看護の方法等により、被相続人(故人)の財産の維持や増加に「特別の寄与」の貢献があったとされる場合にのみ寄与分が認められるのです。どのような行為が「特別の寄与」となるか、まとめてみると次のようになります。

(1)「特別の寄与」といえるためには、「被相続人の財産の維持、または増加」について寄与されていなければならず、法律で定められた義務の範囲をこえて特別の寄与があったものと評価されなければならないこと。
(2)「特別の寄与」といえるためには、寄与行為をした者がその寄与行為に対する対価あるいは補償の意味合いとして、被相続人から生前贈与などの便益を受けていないこと。
(3)「特別の寄与」行為と「被相続人の財産の維持、または増加」との間に因果関係があること。あるいは、被相続人の財産が減少する場合においては、寄与行為により財産の減少を食い止めることが出来たと認められること。
このように、(1)(2)(3)の観点に留意しながら、具体的な寄与分の算定については、被相続人と寄与分を主張する相続人との関係によって判断されます。したがって、泰男さん夫婦が、「親と同居し」、「親の介護に気苦労を感じ」、「親から感謝されていた」というぐらいでは、とても「特別の寄与」とは認められないのです。もともと、親子の間には法律上の扶養の義務(民法八七七条一項)があります。そのため、同居や介護はこの義務を果たしているに過ぎないと判断されることも多いのです。
現在、介護は大きな社会問題になっています。介護する人にすれば、その肉体的、精神的労力は計りしれないものがあります。介護疲れによる心中などの新聞記事を見ると本当にいたたまれない気持ちになります。仮に家庭裁判所で寄与分が認められるケースであっても、実際の貢献度とかけ離れたものであることが多くあります。親の介護は、証拠をもって証明したり、金銭的にどれだけの価値があるのかを計ることなど、もともと困難なことなのです。同居と介護が寄与分に反映されにくいのはこのあたりに理由があるのです。結局、親と同居することからくる苦労や不満、摩擦といった「感情」の側面が強いものには寄与分は対応できないのです。これを抜本的に解決するには、やはり「遺言」しかないのかもしれません。遺言で、介護してくれる方に対してメッセージを遺される方も近年では多くなってきています。同居の気苦労分や介護の代償として財産を求めるのであれば、生前に、言い出しにくいことではありますが、親に遺言を残してもらうべきなのです。介護においてどのような苦労があったとしても、現行の法律では十分には報われないのだという事を知っておいていただきたいと思います。