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有馬温泉

 大浴場の方は透明で、「金泉」と呼ぶトマトケチャップ風呂に比べるとやや熱めだ。見るとすぐ横に露天風呂もあったので、物は試しと入ってみたが、こちらは泥水の中に入っているようで上がると体に泥がべったりとくっついてくるのでは、と心配したが、そんなことはなかった。なんだかトマトスープや味噌汁のような風呂に入れられたような気分で部屋に引き揚げてきたが、体はいつまでたっても温かくさすが名湯だ。
 なぜか翌日は、下呂温泉もそうだったが、男湯と女湯が入れ替った。今回は女湯に間違って入るようなことはなかったが、脱衣場にあったクエン酸のドリンクは風呂上がりに飲むと、じつにうまいものであった。美容とか胃腸にいいと書いてあったので二杯飲んだ。(翌日チェックアウトした後、再び風呂に駆け戻って飲み納めと思って三杯飲んだ)。
 次の朝は町を散策した。昔来たなんてウソでないかと思われるほど記憶の断片さえない。それにしても温泉街はどこもかしこも、どうしてこんなに土地の起伏が激しく坂が多いのだろう。狭い坂道の両側には、筆、炭酸煎餅、黒豆、骨董、招き猫、カゴなどのお店が軒を並べている。昔だったら涅槃の置物をコレクションしていたので、片っ端からお店を物色したものだが、物欲から解脱されたのか、今では買物には興味がない。それにしても外国人が多いのはさすが国際都市神戸の足下だけに違う。
 最初に入った店は「有馬玩具博物館」だった。Mさんが木製玩具が多いのに気づいて、「なぜ木製の玩具なの」と聞いたら、「有馬は木地の産地だ」と、寝ぐせの悪い髪の毛が立ったままの係のお兄さんが感情のない言葉で解説した。ドイツのミニチュア人形やブリキの玩具が4000点コレクションされているという。少し面白かったのはカラクリ人形で、手前のボタンを押すと、妙な格好で宙を泳いだり、妻が夫をこん棒でぶったりするのだった。Mさんは興味があるのか、帰りにお菓子のおまけのような人形を買ったが、ぼくはだいたい立体的なものがあまり好きじゃない。涅槃の置物にあきたからだ。やっぱり平面が好きなんだなあ。ダ・ビンチだって言っているではないか。「絵画が一番、彫刻なんてくそくらえ」と。
 玩具より神社が好きなぼくは湯泉神社へ。境内で10円拾った。縁起物と思ってポケットにしまい込んだが、結局温泉寺のお賽銭箱に戻しておいた。特に祈願することがないので、「まあ今日まで無事に生かせていただいて、どうも、どうも」と感謝を述べる。別に御利益を期待したわけではなかったが、目に飛び込んできたのは「ぜんざい」の看板。どこに行っても「ぜんざい」はぼくを招く。Mさんはコーヒー、妻は日本酒、三人でコンニャクわらびを突っつく。
 狭い坂道に人はあふれているというのに、やたらと車が坂を登ってくる。「車専用の道路がなきゃ危ないではないか。行政は何をしとるのか」と文句のひとつも言いたくなる。車に神経質になりながら、ぶらぶらあてもなく歩いていると「太閤の湯殿館」があるという極楽寺に着いた。

横尾忠則の温泉主義

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