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テレビっ子のひとりごと
「これでいいのか、テロップの氾濫」

最近テレビを見ていて、テロップ(放送中のテレビ画面に文字や絵を送り出す装置。またそれに使われる字幕や写真のこと)がやたらと多いことに気づく。昔は登場人物の名前や場所名のみが、最小限文字スーパーされるだけだったのが、最近のテレビでは画面一杯に多くの情報が表記される。これでは文字放送と何ら変わりはない。
  ニュース番組では政治家や評論家が、専門用語や一般人が使わない難しい日本語を使って話しているところに、文字をスーパーして補足することは理解出来るが、一般人がインタビューに答えているところにも、一字一句文字スーパーしている。はたしてそこまでする必要はあるのだろうかと疑問を感じる。
  また、外人がしゃべっているのを声優が日本語に訳してアフレコしているにもかかわらず、そこにわざわざ文字をスーパーしているものすらある。
  アフレコといえば、昭和三十一年に日本のテレビが、アメリカのテレビ用劇映画を大量に輸入し、ここではじめてテレビに声優が登場した。当時そのままの声で字幕にするか、日本人の声を入れるかで意見が分かれたが、小さい画面に文字をスーパーするのは見にくくなるし、子供向けには声の方が分かりやすいだろうというので、吹き替えになった。この冒険に対して、新聞などは不自然だと騒いだそうだが、視聴者にとっては新鮮な驚きだったそうだ。
  いつの頃からこのようにスーパーテロップが多くなったのかというと、私の記憶では平成七年に始まったフジテレビの「めちゃめちゃモテたい!」が最初ではなかったかと思われる。土曜八時から放送している「めちゃめちゃイケてるッ!」の前身番組で、ディレクターの片岡飛鳥総監督が、演出上、必要最小限の情報をスーパーテロップで表現したのが、流行の最初だと思われる。
  テロップはもともと手書きで作られていて一枚の値段が高額だったが、最近ではデジタル化で簡単に大量に作ることができるようになって、予算的にも安価になったのも一因のように思われる。
  そんなわけで、ニュースや情報番組そしてバラエティーなど、ほとんどの番組で使われている。その中で、日本テレビ「エンタの神様」では、漫談のネタ一字一句にも同時に入れているのはいかがなものかと感じている。
唄に歌詞スーパーするのは理解できるが、漫談にはたして必要なのだろうか、あまりにも視聴者を子供扱い、老人扱いしてはいないだろうか。
  テレビはもっと自分の感性で見たいものであり、制作者側の押しつけ的な情報はたくさんである。テレビは、自分責任で、見て感じるものと思ってるのは私だけか。

(さとう・よしかず)1948年4月6日生まれ。1971年東北学院大学法学部法律学科卒業。フジポニー、フジ制作を経て、フジテレビ入社以来、ディレクターやプロデューサーとして、数々のバラエティー番組を手掛ける一方『ゲーハー佐藤』としてサイン会や雑誌、映画出演などタレント並みの人気を博す。代表作に、80年『THE MANZAI』、81年『オレたちひょうきん族』、82年『笑っていいとも!』ほか多数。

佐藤義和 テレビっ子のひとりごと

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