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フォトセン作品募集中!

●フォトセン(写真川柳)作品を募集します!
写真プリントを色紙に貼って、川柳を書き添え(墨か黒マジックで)、
裏側にお名前、年齢、住所、電話番号を記入してお送りください。

雅号での掲載をご希望の方は「雅号で掲載希望」とお書きください。
応募作品は返却できませんので必ず複製をお取りください。
送り先 〒102‐0093
東京都千代田区平河町1‐4‐3 平河町伏見ビル9F
ライフエンタテイメント株式会社 フォトセン係


フォトセンも作詞作曲のように

 私は日本写真芸術学会の評議員をやっています。評議員とは学会の運営にはあたりませんが、揉め事のあるときには口出しが出来るそうです。江戸時代でいえば目付け役です。それで第一次遣欧使節で目付けとして渡欧した、京極能登守になったつもりで参加しています。六月に総会がありました。その懇親会で久保走一前会長から、「フォトセン」の企画は面白いですねとお褒めの言葉を頂きました。私が「音楽に作詞作曲があるように、フォトセンも写真と川柳の作者を別けることも考えています」と話したところ、久保氏は「和歌や俳諧には連歌(れんが)という形式があり、複数の人が上の句と下の句を繋いで遊んでいました。フォトセンも、一枚の写真を複数の人が川柳を付けたり、最初に川柳があって、その川柳に合う写真を皆で撮る遊びも良いかもしれません」と話されたのでした。わが意を得たりでした。そして久保氏から本号に、猫の作品の応募がありました。写真界の重鎮に応募いただいたことはうれしい限りです。
 ちなみに音楽の世界では、日本では作詞作曲と言われるように詩に曲をつけることが多く、外国では曲にあとで詩を付ける場合が多いそうです。作曲家の戸倉俊一氏がNHKのテレビ番組でそう語っていました。
 ご近所で親しくしているイラストレーターの長尾みのる氏から聞いた話では、江戸期には俳画というのがあり、絵が拙い人は画家に俳句に合った絵を描いてもらったそうです。逆に絵を描いてから、俳句の名人に句を詠んでもらうのを画俳と呼んだそうです。
 フォトセンでも同じことが言えそうです。写真は得意だが川柳が未熟な人は川柳を誰かに付けてもらい、川柳は捻ったが写真が不得手な人は写真好きに撮って貰えばよいのです。そして二人の合作として応募いただければ結構です。いずれフォトセンに大スポンサーが付いて高額な賞金が出るようになった場合、写真と川柳の作者が異なるのに応募者が一人だと、トラブルを起したりしかねません。撮影と川柳の作者が異なる場合には、写真○○川柳○○と二名を併記して応募してください。

それでは「写真と川柳とどちらが先にすれば傑作が生まれるのか?」と問われれば、「それは分りま川柳です」とお答えするほかありません。


石黒敬章(ゆうもあくらぶ事務局長)


ゆうもあくらぶとは 
ゆうもあくらぶは昭和29年に発足し、ユーモアを持って明るい社会作りに貢献しようと地道な努力を続けてきた会です。「ゆうもあ書道展」「ゆうもあ絵画展」「ゆうもあマンガ議会」「ゆうもあ生花展」「ゆうもあ学校」「ゆうもあ珍大五種競技大会」「ゆうもあ発明展」「親のない子の七・五・三」「老人ホーム慰問」「自衛隊見学会と慰問」「上野駅に特大パンダのぬいぐるみを寄贈」など、さまざまな行事をこなしてきました。昭和33年からは(44〜55年は休止)ユーモアで貢献し明るい話題を提供した人にゆうもあ大賞を贈り表彰しています。昨年度は太田光、田中宥久子、ルー大柴の3氏に授賞しました。初代会長は徳川夢声、次いで石黒敬七、石田博英、江崎真澄、森喜朗と受け継がれ、現在は大村崑が会長代理を務めております。

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