空前のペットブームもついにここまで来たのかと思う新聞記事を目にしたことがあります。ある動物医薬品メーカーが、犬か猫を飼っている社員を対象に、毎月一律千円の「ペット扶養手当」を支給しており、将来的には飼育年数の長さに応じて表彰金や特別休暇を与えることや、ペット購入手当として一万二千円を支給する仕組みも整えるそうです。また、あるペットフードメーカーは、数年前から慶弔手当としてペットの購入時と死亡時にそれぞれ一万円を支給しているそうで、なんとペットの死亡時には社長名で香典が届くほか、忌引休暇が一日与えられるそうです。
いまや、犬・猫飼育件数は約二四五〇万頭、一五歳以下の人間の子供の数は約一七〇〇万人で、ペットが子供の数を大きく上回っているのです(平成一八年データ)。また、世の中は少子高齢化の傾向にあり一人暮らしの高齢者の方が増えています。そして一人暮らしの高齢者の方々にとってペットは、コンパニオンアニマル(伴侶動物)として子どもや家族同然の存在ともいえます。
第6回 愛犬モモに遺言を
ペットは家族同然
ペットは民法上「物」
初老のご夫婦がご相談に来られたのは、ある晩秋の晴れた日のことでした。
齋藤さん(仮称)夫婦は若くして息子さんを病気で失い、以後二人だけの生活を送ってきたのですが、二年前よりモモちゃんという名の家族の一員が出来たのです。モモちゃんという名のお嬢さんは犬です。居間でも食堂でも、モモちゃんは齋藤さん夫婦のいくところならどんな場所でも出入りは自由。まるで我が子のように愛していますが、二人とも七十歳を過ぎていて、自分たちの身に万一の事があったらと思うと、あとに残るモモちゃんの世話は誰がしてくれるのだろうか? もし、世話をしてくれる人がいなければしかるべき機関に「処分」されてしまうのでは、と心配でならなかったのです。齋藤さん夫婦には、夫の方には甥が一人、妻の方には姪が一人いますが、どちらとも親しく交際するような間柄ではなく、また甥も姪もさほど犬好きではないので、世話を頼むことはできないそうです。資産といえば預金二〇〇〇万円ほどであり、自分たちに万一の事があった場合でも、モモちゃんが変わりなく幸福に過ごせるよう、モモちゃんに遺産を与えたいと願い、いろいろな信託銀行を訪ねました。信託銀行の財務コンサルタントは、いずれも齋藤さんの話を熱心にきいてくれました。しかし、齋藤さんの願いは形あるものとして実を結ぶにはいたらなかったのでした。
「愛犬モモに全財産を相続させる」という遺言を残すことはできるでしょうか? 残念ながら、かわいいペットも、民法上は「物」として取り扱われますので、相続等の権利はありません。
よって、ペットに直接財産を残すという遺言をすることはできないのです。ペット自身が財産の管理をすることはできないので、当然といえば当然でしょう。
私は齋藤さんに、「相続人や信頼できる知人などに、ペットを継続して世話をするという条件付きで財産を譲ること(負担付き遺贈)は可能ですよ。そうすれば、財産を間接的にモモちゃんに残したことになります。」とアドバイスしました。
負担付遺贈とは、「親の面倒を見る条件で財産を与える」「農業を継ぐ代わりに田畑を与える」といった遺言の仕方をいいます。今回これをペットに応用したのです。
齋藤さん夫婦はアドバイスにもとづいて、万一の場合は日頃から信頼している犬好きの知人、平山優子(仮名)氏に現金一千万円を遺贈することとし、その代償としてモモちゃんの世話を生涯にわたってしてもらうよう、お願いしました。平山氏はこれを快諾してくれたそうです。齋藤さん夫婦はこれにより、お互いに、次の遺言を公正証書により作成することを決心しました。

予備的遺言
この遺言の中の「予備的遺言」というのは、もしも財産をもらう人が遺言者の死亡よりも前に死亡した場合には困ることになりますが、そのためにするもうひとつの予備の遺言のことです。
齋藤さん夫婦は、現時点ではご健在ですので、愛犬モモについての今回の遺言はこの項目に当てはまります。
また、このように「予備的遺言」として特別に項目を設けなくても、たとえば遺言で妻に全財産を相続させることとした夫が「もしも妻がわたしに先立って死亡した場合は、長女に全財産を相続させる」と書く場合なども、同じく予備的遺言となります。
日本版「ペット信託」は?
アメリカでは、自分の死後に残されたペットの世話をさせることを目的とする「ペット信託」というものがあるそうです。わが国においても平成一八年度の信託法の大改正により、受益者の存在しない「目的信託」が広く認められることになりました。この目的信託を用いれば、自分の死後、ペットの世話を目的とする遺言信託ができる可能性がでてきたのです。具体的には、「自分の財産をすべて愛犬○○の世話にあてて欲しい。信託管理人として○○○を指定する。愛犬○○が亡き後、残った財産は動物愛護団体に寄付する。」といったような内容の遺言信託を設定することになるのではないでしょうか。この日本版「ペット信託」をサービスとして提供している信託銀行は、いまのところありません。
今後ますます少子高齢化が進行していきます。そうなるとペットを家族同然のものと考える人はますます増えていくでしょう。「ペット信託」に対する将来的なニーズは大きいのです。近い将来に実現される可能性は大いにあると思います。
(かたおか・じゅんじ)税理士。昭和二一年、奈良県生まれ。昭和四四年、大阪大学工学部精密工学科卒業後、税理士登録。昭和五六年、片岡会計事務所所長。平成一七年ジェイシス税理士法人の代表社員に就任。経営計画、事業承継、企業再生に特化した業務を展開している。また個人の歴史、業績、思い出、作品などを個人博物館としてデジタルコンテンツとして残す「万華録」を提唱している。
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