木村― 加山さんといえば、今でも「若大将」というイメージがありますね。戦後、日本がそんなに豊かでなかったときに、加山さんは理想の形として登場されて、ずーっと、それを生きてこられたと思うんです。
加山― それは、映画のなかで理想の形を描こうという東宝のプロデューサー藤本真澄さんの考えでしたからね。30年先を読んで、ヒーローにしたわけですから、当時の人たちにとっては夢のような存在だったわけですね。
ところが現在は、当時思っていた以上の世の中になりましたね。希望に燃えていた世の中の方が、まだ正義感があり、善悪のはっきりした判断力もあったと思うんです。今はそれがなくなって、何もかも自由という恐ろしい時代になってきたなあ、ということを感じますね。
木村― お金さえもっていればいい、みたいなところがありますね。
加山― 小さな子どもたちが犠牲になったり、犯罪が低年齢化したり、つらい世の中になったと思いますね。
木村― おじいちゃんにおなりになったんですね。
加山― 5歳と3歳の孫息子がいます。
木村― 子育てには苦労なさいました?
加山― 苦労とは思わないですけど、努力はしました。子育てというのは、覚悟をもってきちんとやらなければいかんと思いますね。
うちの子どもたちはほんとにいい子に育ったと思いますね。出世するしないは別にして、人間的にすばらしい。努力のかいがあったと、自負できますね。
木村― ふつうお父さんというと仕事にかまけて、子育ては奥さんにまかせっきりみたいなところがありますよね。
加山― それでは、それなりの子どもにしかならない。子育ては夫婦協力してやることです。昔風の父親の役割、母親の役割があるし、うちではそれを守りましたね。
「子育ては一大事業である。しかし未だかつてその適性検査が行われたことはない」とは、英国の劇作家バーナード・ショーの言葉なんですけど、各家庭でそれぞれ特徴ある教育の仕方があってもいいとは思うんですけど、人間として守らなければならない最低限のことは家庭でしっかりと教えていくことが必要でしょうね。
木村― たまには手をあげるというようなこともありましたか?
加山― ありましたね。ただ、愛情を持ってやりました。自分のフラストレーションのはけ口として暴力を振るう場合は、最悪な結果になりますね。しかし愛してるが故にそうせざるを得ないときには、決して悪いことにはならないと、僕は確信を持って言えますね。
木村― 加山さんご自身も、ご両親からそういう教育を受けたことがありますか?
加山― オヤジは厳しかったですね。僕も殴られました。僕の場合には、「いつか仕返しをしてやろうと」思いましたけど(笑)。
木村― そう思わなくなったのは、幾つぐらいになられてからですか? あの時、やっぱり親父が言ったことは正しかったと。
加山― 自分が子どもをもった頃からですね。「まあしょうがないんだろうな」と。でも、完璧になくなったのは、親が80歳を超えてからですね。
![[ファイブエル] 団塊世代のエンターテイメント誌 Entertainment Premium Magazine](/img/header_title_in.gif)



![[ファイブエル]バックナンバー](/img/side_backnumber.gif)