日本ではもう何年も前から引きこもり症候群をかかえて、その数が全国で百万ともいう。この人々はもちろん死んではいないわけだが、活動はしていない。人間は何か仕事をして、稼いで、その稼ぎで食ってこそ、活動して生きているということになる。人間に限らず動物植物みんなそうだ。だから引きこもりの人々は生きているとは言い難い。もちろん呼吸をして、心電図を取れば反応はあるのだろうが、でも社会的には生きていない。ほとんど死んでいる。ご両親がせっせと炊事洗濯などして、その「死」を手助けしているという事情があるにしても、もとは自分でその穴の奥への道に入り込むのだから、形としては自死に近い。心電図的には生きていても、ほとんど目立たない死というか、緩慢な自爆のようなものである。
ただこの場合はテロではない。それによって他を攻撃するとか反撃するとかいうのではないから、とりあえず害はない。自分の存在だけが縮み込んでいく、ブラックホールみたいなものだ。ブラックホールはそこに発生する重力場によって、近隣の物を引き込み、飲み込んでいく。とりあえずその引きこもりの住む家庭のご両親がそれにあたる。その引きこもりブラックホールに吸い寄せられて、その人間にかかりっきりになってしまうという話はよく聞く。親離れ子離れという成長過程に無頓着だったことの報いでもある。いったんブラックホールとなったものを分離するのは大変なことだろう。天体の場合はまず不可能だ。でも人体の場はまだしも多少の望みがあると思うのだが。
ブラックホールの場合は、その引力圏に近寄らなければ何ごとも起らない。でも自爆テロの場合は、攻撃性をもっているから、無関係ではいられない。先にいった日本的な緩慢な「自爆テロ」には、思想も信念もないのだから、その存在を予知するのは難しい。とりあえずは人並に世に出て、仕事をして生きている。にもかかわらず突然の「自爆テロ」に及ぶ。
世の中がこれほど斜めになっていなければ、まだしも予知は可能だったのかもしれないが、いまとなっては非常に難しい。いまの日本の世相というものが、それほど斜めになっているということだろうか。
日本社会での緩慢な自爆テロ
赤瀬川原平(あかせがわ・げんぺい)1937年、横浜生まれ。『父が消えた』で芥川賞受賞。『ふしぎなお金』『目玉の学校』など、著者ならではの、まともに考えれば考えるほど不可思議な人間社会の謎を探究する目からウロコの名著多数。
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