長い階段を登りつめた所の店で、おしるこを食べることにした。この温泉巡りと甘味店は欠かせぬテーマになってしまった。湯飲み茶碗に入ったおしるこは餅抜きだった。やっぱりぜんざい、おしるこの類には餅が入っていないと間が抜けたものになる。階段の頂上には伊香保神社があって、そこにお参りをしたあと、旅館に戻ることにした。
通された部屋からは真正面に雪の連山が見えた。ぼくは早速大浴場に入ることにした。脱衣場には全身真黒になるまで入れ墨をした人が立っていた。肌が見える部分がほとんどないほどの見事な彫り物で、思わず話しかけたくなったほどだが、やはり足がすくんで声を掛けることはできなかった。この話をあとでMさんにすると「きっと彫り師でしょう。彫り師は自分の体で試すんですよ」と言った。ここまでの入れ墨は写真でさえ見たことがない。
湯舟には1メートルの深さまでお湯があって、「立ち湯」と呼ぶそうだ。お湯は鉄色でやや塩味がする。見るからに効きそうだ。だいたいどこの温泉地も神経痛、筋肉痛、切り傷など、効用はほとんど同じである。だけど温泉の入り方を間違ったら、逆に体をこわすことだってあるそうだ。最初の1日は約3分、長くても10分以内で、日が経つにしたがって徐々に回数を増やすのが良いと書かれている。ぼくは教えに忠実にしたがって、1日目は1回にしたが、Mさんと妻は寝る前にも2度目の入浴をした。
家風呂と違って温泉の湯は朝まで体がほてって冷えることがない。この現象だけでも、いかに体に効果的かということがわかる。この夜は体が温まり過ぎたせいか睡魔がいっこうに襲ってくれずに朝を迎えた。早朝にぼくは部屋風呂に入った。部屋風呂も一晩中お湯が流れっぱなしで、大浴場と同じ鉄色のお湯が湯舟からあふれ出ていた。
翌日、10時頃にチェックアウトをしてタクシーで「大正ロマン館」に行くことにした。ここには竹久夢二の膨大な楽譜の表紙のコレクションが展示されている。10代の頃は夢二が好きだったが、その後彼のセンチメンタリズムに嫌気がさして見ることもしなかった。今回久し振りで見た感想は、じつに絵のうまい人だと知った。女を描くと突然哀調を帯びてやりきれなくなるが、楽譜の子供を描いた絵などは素晴らしいと思い、見直したのだった。
伊香保の土地には平坦な所が全くない。坂と曲りくねった道ばかりで、「これじゃ自転車の人は大変ですね」とタクシーの運転手に聞いたら、「伊香保には自転車は一台もありません」という返事だった。このあと山中にある源泉に行くが、そこでまた昨日会った神戸のカップルに出会った。有馬温泉の仲居さんにしても、この二人にしても、この広いというか狭いというか、この日本の中で不思議なことが起こるものだとつくづく思った。
伊香保温泉
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