敗戦の痛手も癒えたとはいえ、まだまだ貧しかった。それでも人々は懸命に生きた。希望は失っていなかった。ハナタレ小僧もいた、ズボンに継ぎのあたった子もいた。大きくなっても着られるようにシャツを身上げもしていた。ガキ大将もいた。でも友達は居た。人々の心には温もりがあった。陰湿なイジメもなかった。ケンカをしても鼻血を出したらそれで終り、尾を引くようなこともなかった。
昨年は井筒和幸監督の映画『パッチギ!』もヒットした。これも昭和43年。私が大学3年の頃、しかも舞台が京都である。何回も見た、そして何回も泣いた。挿入歌「イムジン河」や「悲しくてやりきれない」が流れると、自然に目が潤んできた。フォーク・クルセダーズとは同年代。
何だろう、この想い。若かりし頃への郷愁なのか? もちろん、それもあるだろう。確かに昭和レトロは心地良い。ナムコ・ナンジャタウンや道頓堀極楽商店街に身を置くと気が安まる。ディズニーランドやUSJもいいけれど、花屋敷遊園地も捨て難い。だが、それだけではあるまい。
『ALWAYS 三丁目の夕日』『パッチギ!』、二つの作品に描かれた時代には、我々が忘れてきた何かがあった。「明日への希望」であり、「毅然とした大人」であり、「家族」であり、「コミュニティ」であり、「友情」である。
我々は古いものを過去のものと考えがちである。だが実は、古きは未来に属するものなのかもしれない。もし「この地球が我々の両親から受け継いだものではなく、子供たちから借りたものである」という、ネイティブ・アメリカンの格言通りであるとすれば、我々は子供たちに何を遺してあげればいいのだろう。
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子供たちに遺すもの
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