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特集――昭和30年代

東京という田舎

赤川次郎

 昭和30年、7歳だった私は一家揃って博多から東京へ出て来た。
 蒸気機関車で二十何時間だったかかかった記憶がある。
 しかし、その当時の東京に関しては、ほとんど何の記憶もない。7歳では銀座に連れて行ってもらうことも、デパートに行くこともなかったのだ。
 上野動物園にも行っていない。昭和30年代に明るい記憶がないのは、我が家が最も貧しいころだったことと関係している。
 東京で最初に住んだのは杉並だった。博多で住んでいた家は古かったが、広く、部屋数も多かったので、杉並の6畳と4畳半だけのアパートはずいぶん狭く感じた。
 博多では中洲という繁華街のど真中で3歳くらいまで過ごしたから、杉並の、まだ空地や雑木林の残るアパートの周辺は、ずいぶんさびれた「田舎」に見えた。
 だからといってガッカリしたわけではない。「東京」という町に何のイメージも持っていなかったから、別に期待外れでもなかったのである。
 初めて「銀座」へ連れて行ってもらったのはいつごろだったろうか? はっきりした記憶はないが、昭和30年代の半ばくらいであったろう。どこかの中華料理の店で、大好きだった焼餃子を食べたことしか憶えていない。
 昭和30年代、子供にとって最大の出来事は、何といってもTVの出現である。
 上京したころには、まだTVはぜいたく品で、お金持ちの家にしか入っていなかった。
 医者をしていた叔父の家にはTVがあり、私は兄と二人、わざわざバスに乗って、叔父の家までプロレス中継を見に行ったものだ。

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