投資に失敗した例をひとつ。
今から23年前、加治はまだ34歳。すでに泡銭をつかみはじめていたころで、俄然調子づいていた。投資先は東京のとあるレストラン。友人の紹介だった。
「面白いからやらない?」
投資金は100万円。当時、億のカネを動かしていた小僧にしてみれば鼻くそみたいな金額なので、気軽にのった。だが金を払い込んでから、「しまった」と舌を打った。このレストラン・オーナー、「投資」ということがぜんぜん分かっていなかったのだ。
投資家=タニマチ
だから店に食べに行くと、待ってましたとばかりに一本数万円というワインを押し付けてくる。投資家からさらに儲けようという狼藉者である。
結局、あれから20年以上たつが、これまでの配当はゼロ。レストランでの優遇もなく、まさに100万円は捨ガネだった。
しかし、ある種の経営者には、時としてありうる感覚だ。
そこで教訓。友人からの紹介などで、絶対にカネを投じてはいけない。ポイントはデューデリジェンス。数字をじっくり見定め、きちんと契約書を交わすこと。
そう言えば、我がユダヤ人師匠もよく言っていたっけ。
人生はすべからく「クール・ヘッド、ウオーム・ハート」、決して逆の「ウオーム・ヘッド、クール・ハート」になるなと。
さて、前回の続きだ。
バブル崩壊時、へっちゃらだったという投資家、A氏の話である。今現在、彼はあの未曾有の不況を乗り越えて、ハワイとヨーロッパに別荘を持ち、悠々と暮らしているのだ。とこう言えば賞賛したいような、腹立たしいような……。
しかし、それにしてもどういうマジックを使ったのか?
もちろん、そういう人の中には目端がきいて、不動産の早売り。すなわち、下落しかかったときに見切って、売却し、そのキャッシュを手に入れ、さっさと日本を後にした人間もいる。ローンの残債はどうしたのかって?
もちろん、踏み倒しのヒット・エンド・ランだ。
バブル崩壊を生き伸びた人間の多くはこのスタイルなのだが、負債踏み倒しの相手は悪名高き銀行、教会で懺悔の一つもすれば良心は痛まない。
しかし、見事なのはA氏。
彼の場合は、いささかの引け目もないのである。
A氏はどうしたのか? すべてにおいて保証人になることを避けたのである。
こう一口に言えば、身もフタもないが、当時、保証人を蹴飛ばすなど、極端に胆力を必要とした。
否保証人と安全ローンの型
――海外不動産投資(4)
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