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野球と民主主義

 人間というのは、何かと付和雷同する。日本人はとくにその性質が強い。と、日本人である自分を振り返ってそう思うのだが、でもその反発もある。自分は車を持たないし、ゴルフもやらないし、メールの世界も知らない。
 トリノのオリンピックでカーリングという競技が盛り上がったが、あれに自分が付和雷同するかというと、それはない。あれに自分が参加して、氷の上を一所懸命こすっているところを想像すると、どうしても笑ってしまう。そうとうな冗談である。
 でもあのオリンピック以来、カーリングに群がる人が増えているというから、それは競技にとってめでたいことである。あれに付和雷同する人もいるんだ。
 ぼくは野球だ。子供のころからずうっと好きだ。ぼくが好きになったのは、巨人の川上と青田が共に25本ずつでホームラン王、という時代だから、そうとう古い。
 もちろんテレビなどなく、ラジオである。それもラジオの裏側の、何か感電しそうなところを指で触ってないと聞こえなくなるという、恐ろしく低級な、いや質素なメディアを通じて、それでもファンになって、憧れて、夢中になっていたんだから、野球というのは魅力あるスポーツなんだろう。
 いかにも新大陸開拓のアメリカの、民主主義のスポーツだ。攻めと守りと、両チームに交互にその機会が与えられるというのが、そもそも民主主義的である。しかも攻撃に際しては、一人ずつ順番に打席が与えられる。これがまたじつに民主主義ではないですか。
 それが良い悪いでなくて、いかにもアメリカだなあ、と思うのである。しかもそれをすぐに日本が好きになった。それはいろいろ考えるとよくわかる。納得する。アメリカで野球が生れてそのルールが出来たのは、やはり新生アメリカの民主主義理念が強く働いていると思う。でも日本人がそれを好きになったのは、そういうこととはまた別の、そのリズムじゃないだろうか。

赤瀬川源平 世相真面目にななめ読み

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