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鬼怒川温泉

 ぼくは一抹の淋しさを抱いて、この近代建築とマッチした風光明媚な渓谷を後にして、テーマパークに期待を込めることにした。ここには日光サル軍団、ウエスタン村、江戸村、東武ワールドスクウェアなどがある。最初に入ったのはワールドスクウェアだった。ここには世界中の有名建築物のミニチュアが庭園いっぱいに集められている。一見子供だましのような企画に見えるが、ひとつひとつの完成度はまさに現代美術のハイパーリアリズムの立体版である。
 まず日本の国会議事堂、完成当時の東京駅の再現、旧帝国ホテルから始まって、東京ドームや新東京国際空港、これらに隣接するように世界各国の名所旧跡のカタログを見るように、かたっぱしから建てられている。エジプトのピラミッドから万里の長城、アンコールワットと古代遺跡まで、かと思うとあのテロの標的になった世界貿易センターまで。
 さらに驚嘆するのは、これらに群がる思い思いの衣裳をつけた観光客が、例えばローマのバチカン広場には2000人を超える7センチばかりのフィギュアが集っている。またマンハッタンの路上では交通事故が発生し、負傷者は担架で運ばれ、ポリスはその事故処理におおわらわ、ヤジ馬が事故現場を遠まきにしているという日常の事件までリアルに演出している。かと思うと、万里の長城の端のほとんど気がつかない場所には、三蔵法師、孫悟空、沙悟浄、猪八戒などの西遊記の物語までが現代にタイムスリップしている。
 建物や人物だけではなく、植物に関しても盆栽的技術でどんな小さい草花までもが本物である。目の細かい芝生、砂利にいたるまでミニチュア世界の縮寸に忠実である。いつの間にかガリバーの小人の世界にまぎれ込んでいた自分の身体の巨大さに気がつくのは、このワールドスクウェアから人間の尺度に合った原寸大の現実世界に戻った時であった。
 このあと「3D宇宙恐竜世界」の映像館に入ったが、いまさらこの手のバーチャルリアリティの世界には慣らされてしまっているのか、古典になってしまっていて、体がもうひとつ反応しなかった。
 ウィークデーだったせいか、テーマパークの方も閑散としていたが、時にはわれわれの意識や眼もうんと縮小したり拡大して、鳥や虫の眼で世界を見るのも悪くないような気がしたのだった。

横尾忠則(よこお・ただのり)1936年生まれ。グラフィックデザイナーとして60年代から国際的な評価を受け、80年代の「画家宣言」以降は、人間の記憶や感情をテーマにした絵画活動を中心に、多彩な創作活動を続けている。。1月には東方出版より作品集『横尾忠則Y字路』が刊行された。3月4日から5月28日まで、パリのカルティエ現代美術財団で個展が開催されている。

横尾忠則の温泉主義

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