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矢沢永吉

完璧じゃなくていいじゃん

(やざわ えいきち)
 1949年9月14日広島生まれ。中学の頃、ラジオから流れるビートルズを聞き、スーパースターになると決意。68年、高校卒業後、最終列車で上京するが、横浜で途中下車。ボーイなどをしながらバンド活動を始める。72年、ジョニー大倉らとロックバンド「キャロル」を結成。「ファンキー・モンキー・ベイビー」などのヒットを飛ばし、日本のミュージシャンに大きな影響を与えた。75年春、「キャロル」解散。同年秋にはソロ活動を始める。77年、日本人ロックアーティストとして初の武道館公演。78年には、後楽園球場公演、シングル「時間よ止まれ」の大ヒット、自伝「成りあがり」のベストセラーと、名実ともに日本のスーパースターとなった。
 80年代には、全編英語詞によるアルバム「YAZAWA」の世界発売など、本格的に海外に進出。90年代に入ると、オーストラリアにおける金銭トラブルなどに見舞われるが、持ち前のパワーで解決し、CMやTVドラマなど新分野でも活躍。昨年はソロデビュー30周年を迎え、全国ツアーを行い、今年5月にはニューアルバム「YOUR SONGS」を3枚同時にリリースするなど、その活動は止まるところを知らない。

木村が鋭く問う――音楽について、お金をめぐって、人生とは……
矢沢が答える――「貧しい小、中学校時代を経験した。痛い目にもあった。いま56歳になってわかったことがある……」
二人の話は「止まらない」!

「歌」を聴いてほしい

木村― 先ほど荒木経惟さんが撮影されてるときに、かかっていた曲が今度のニューアルバム(『YOUR SONGS』、5月17日発売)ということですが、このアルバムの狙いはどういうところにあるんですか。

矢沢― いま聴かれたでしょう。2、3曲しか流れませんでしたけど、ストっと入るでしょう。そこなんです。
 昔は、ミュージシャンはみんな、「洋盤って、なんであんないい音するんだ」と思ったんです。ボクもその一人で、だから誰よりも早く海の向こうへ渡って、アメリカの連中とセッションやったりした。もう案の定、スネア(ドラム)の凄さ、ギターの凄さに、ぶっ飛びましたよ、「ああ、やっぱり本場はこっちなんだなあ」と思って。
 正直いって、日本の音楽をバカにしてましたね。「日本なんか冗談じゃねえよ」って、ロンドン、ニューヨーク……、世界の名のあるやつらとがんがんやってましたよ。「しょせん、日本はあんなもの」、「コピーの国だよね」、チャンチャンみたいな。だけど5年ぐらい前、「あれっ、ちょっと待てよ。何かすごく大事なものを忘れてきているんじゃないかなあ」という気がしていて。その大事なものというのは、「リスナーってどういうところを聴いているんだ」ということ。
 リスナーは「歌」を聴いてるんですよ。歌というのは、何も歌うボイスということじゃなくて、楽曲というのかな、ソングというのかな、そういうものを聴いている。われわれみたいに作る側は、やれ、「ギターは世界的な誰々が弾いた」とか、「ドラムは世界的なあいつが叩いた」というところで、別にレコードを聴いているわけじゃないんだよね。ところがリスナーは、そういうものを聴いてる。「詞がいいな」とか「メロディが泣かせるな」とか「矢沢の声がいいよね」とか、そういうところで聴いているんですよ。それで「あの歌聴くと、何かキュンときちゃったよ」みたいな。
 ちょうどそんな頃、ボクの友人、音楽に何も携わっていない友だちがポツッと一言言ったのよ。「矢沢さんの楽曲、めちゃくちゃいいよ。矢沢じゃなきゃ書けないメロディなのに、悪いけども、矢沢さん洋楽しすぎてる。邦楽だったら、たくさんの人が『矢沢ってすげえメロディ書いてんだよな』っていうことを、もっとわかるはずだ」と。
「どういうこと」ときいたら、「矢沢さん、ミキシングし直したら? それもアメリカ人とかイギリス人使わないで、いま売れ筋の日本人、旬のジャパニーズにやらせたら?」。ボクね、ちょっとハンマーで殴られたような気がしたね。決していままでやったことが間違っちゃいなかったんだよ。これだけ根が真面目だから、「とことん行ったれ」みたいなところでやってきましたけど、でも、いちばん大事なものを何かちょっと無視していたのかな。それが今回、リミックスするきっかけですよ。

木村― なるほどそうですか、今度のは3枚同時発売だそうですね。

矢沢― 最初、2枚だったんです。2枚ということは24曲でしょう。音をチェックするために、山中湖のほうまで行ったのよ。音をチェックするのは車のなかがいちばんいいんですよ。こう聴いてて、そうしたら自分で酔っちゃって、「いい曲だなあ。俺はなんちゅう天才なんだ」みたいな、「なんて素晴らしいメロディをこんなにぼこぼこ書いてたんだろう」(笑)。
 で、欲が出た。「とんでもない。24曲じゃ追いつかない。あと12曲足して36曲の3枚作ろう」。それでも、たぶんトータル200から300あるボクの楽曲のなかのたった36曲ですよ。それで今回、3枚を急遽【きゅうきょ】作ることになりまして、いまどんな気持ちかといったら、とにかくたくさんの人に聴いてもらいたいね。

木村― 初めて矢沢さんの歌を聴く人も多いんじゃないですか?

矢沢― ここ何年か前ぐらいから、なんの影響かわからないんですけど、女性ファンや若い人たちがやたらに増えているんですよ。コンサートなんかでも、「どう見ても、ボクがデビューしたときはまだ生まれていなかったんじゃないか」という人がいっぱい来ているわけ。それでステージを初めて見た人から「ぶっ飛んじゃった」とか「なんでいままでこのライブを見なかったんだ」という手紙がいっぱい来ますよ。そういう人たちが入門として聴くのに、いちばんいいのがこの『YOUR SONGS』ですから。いま絶対作らなきゃいけないと思いましたね。
 あの「パセオラの風が」とか聴くとさ、「あのガラの悪い人がなんでこんなメロディ書くの」と思うかもしれない(笑)。そうじゃないんだ、「矢沢はガラ悪くないんだよ。おまえたちが間違っていたんだ。この『パセオラの風が』のメロディはボクそのものなんだ」ということがわかるんじゃないかと、思いますよ。

木村政雄編集長 Special Interview

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