昨日と今日が温泉まつりらしく川の両側の道路に屋台が並んでいるが、観光客もそろそろ旅館に帰り始めたので屋台をたたむところだった。城崎温泉の特色は外湯で、街の中に七ヶ所もある。旅館に着くとゆかたに着がえて外湯に行く客が多いそうだ。そんな客が外湯の前にたむろしているが、中高年ばかりだ。Mさんを除いて、われわれだってそうだけれど、われわれは見た目には若いので、どうしても彼等と区別して見てしまうので別人種のように見える。
瀬戸内さんが街を歩くと目立つ。どこからともなく人が集まってきて、「寂聴さーん」と親しく声を掛ける。なかには手を合わせて拝んで行く人もいる。瀬戸内さんに会ったことだけで目的が達成されたように表情が元気になる人が多い。とにかく日本中の人たちを元気にさせている歩く仏様という感じである。
帰りは裏路を歩く。白い小石がアスファルトの中に星のように点在して埋め込まれている民芸的な道路に昔の日本人の美意識を感じる。家の前には小さい溝が流れているが、危険だということで、今はコンクリートで蓋をしてしまって情緒を殺してしまっている。志賀直哉が石ころを投げて偶然に殺してしまったというトカゲはきっとこんな小さい溝での出来事だったのだろう。
夕食の食卓には数え切れないほどの料理が次から次へと運ばれてきて、瀬戸内さんもぼくも先を見越して、それぞれの料理を半分ずつ食べることにした。それでも充分満腹で、もし全部たいらげていると、リクエストしたぜんざいが食べられなかったかもしれないと思うと、正解だった。瀬戸内さんはおかみさんや副支配人や仲居さんがみんな美人だといって大評価。副支配人の挨拶がまるで口上みたいでぼくには面白かった。
一泊して翌日発つのだが、前日から気になっているあちこちにあるソフトクリームの看板に導かれて瀬戸内さんとMさんは黒ゴマ、妻はさくら、ぼくはきのこソフトクリームを食べる。帰りの電車の中で買ってきたおはぎを三人に勧めるが、誰も「ウワーッ」と悲鳴のような声を発しただけで、結局ぼく一人だけが食べた。そんな美味そうに食べるぼくの姿を見たはすかいに座っていた夫妻も同じ包装紙を破いて、おはぎを食べ始めた。「見てたら急に食べたくなりましてんや」と嬉しそう。
帰京した次の日、瀬戸内さんから電話があって「食べ過ぎて目方が増えるやら血糖値が上がるやらで……」と嬉しそうに笑っておられた。また四人で旅がしたくなった。
城崎温泉
横尾忠則(よこお・ただのり)1936年生まれ。グラフィックデザイナーとして60年代から国際的な評価を受け、80年代の「画家宣言」以降は、人間の記憶や感情をテーマにした絵画活動を中心に、多彩な創作活動を続けている。1月には作品集『横尾忠則Y字路』(東方出版)が刊行され、3月から5月まで、パリのカルティエ現代美術財団で個展が開催された。新刊として、自らの病気遍歴をまとめた『病(やまい)の神様』(文藝春秋)がある。
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