木村― この『幸福写真』が最新作ですね。
荒木― そう、まだ幸福論というのは、いやなんだ。写真家というのは、幸福写真に向かわなくてはいけないんだよね。とくに私の場合は、「私写真」という主観で撮る写真だったでしょ。そしたら、一番身近な幸せに到達する。それはあたりまえなんだけど、それが照れちゃってできなかった。還暦を迎えると、そういうのが写るようになってくるし、写しても照れなくなってきたの。
例えばこの写真、日比谷高校の合格発表の日、雨が降って、傘を差して、掲示板を見る。合格番号があったときの表情、いいねえ。それに小道具の傘、ひとつ屋根の下にあるみたいで、幸せがセッティングされる。そういう笑顔なんて「やっぱりいいなあ」と思うんだよね。やっぱり1人じゃだめだね、幸せは来ない。2人以上じゃないと。
木村― 3人以上だとまた難しい。
荒木― でも実際に相手はいた方がいいね。自分の心のなかに、なんていう幸せはだめだね。
特別の日に、特別の場所で、2人いるというのがいいね。例えば、クリスマス・イブに六本木ヒルズの下のカップル。こういうふうに具体的に考えていいんじゃないかな、幸福は。六本木ヒルズの上に住んでいる人たちよりずっといいよね。なんにもしないで稼いでいる人よりね。
木村― 今の日本って、幸福という顔をしていない人が多いじゃないですか。
荒木― 幸福って、表情からいうと笑顔。幸福には笑顔が必要だね。幸福を撮るんじゃなくて、幸福にしちゃうね。例えば、ローンが払えない主婦がいても、それを忘れさせて、子どもを抱いてることが素晴らしい、と錯覚させて、撮っちゃう。それはヤラセかもしれないけど、それでいいと思う。私と接することで生まれる、愉しい時、空間を撮るんですね。
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