ようこそ ゲストさん [ログイン]


トップページ > バックナンバー > 5l世代へ 木村政雄の発言! > 

  • 印刷
  • 大
  • 中
  • 小

定年は自分で決めよう

 だが、勘違いしてはいけない。定年廃止というのは、いつまでも無制限に雇用することではない。見合った能力が担保されている限りにおいてのみ、雇用関係を継続しようということだ。なるほど、マクドナルドには八三歳の女性パートタイマーもいると聞く。これも、この女性に能力があるからこそで、能力がなければ、年齢に関係なく解雇されることもある。そもそも、各々に異なる能力を持つ人間を、あたかも機械部品の如く、一様に年齢という数字で輪切りにしてしまうこと自体に無理がある。車だってそうだ。製造年月日だけで廃棄される日が決るなら、クラシックカーは存在しないことになる。だが、もし高齢者が雇用市場で若者と競うなら、持てる能力のチューンアップを図らなきゃいけないし、それなりの価格競争力も持たなくてはいけない。車と同じである。ただただ高給のまま、定年制に胡座(あぐら)をかいて、能力も劣化しているのに居座っていいという話ではない。
 それよりむしろ、定年などという概念を外してしまったらどうだろう。なまじ、ボーダーがあるからそれを目的化して、不確かな未来に希望を預託し、確実な今という時を犠牲にしてしまう。「人間(じんかん)到る処青山(せいざん)有り」、幕末の僧、月性(げつしょう)ではないが、「至る時、成算有り」である。
 考えてみれば、定年制は大相撲の制限時間のようなものかもしれない。勝負規定によって、その時間は幕内四分、十両三分と決められてはいるのだが、相手と呼吸が合えばいつ立っても構わない。かつては貴闘力や濱ノ嶋がよく時間前に立った。いつ立つか判らないから時間前でも目が離せなかった。だが、大半の力士は与えられた制限時間をいっぱいに使う。ために、仕切そのものが形骸化し、土俵に緊張を欠くことになる。この辺りにも人気低迷の一因がある気がする。
 要は、他人が決めた時間からフリーになることだ。定年という制限時間に縛られず、いつでも立ってやるという気概を持つことだ。定年を決める権利は自らにもある。最近アメリカでは、勤続76年の男性が、100歳を機に退職したとか。欠勤したのは、妻が亡くなった1日のみ。彼によれば、頑張れた秘訣は「人生と女性に情熱を持ちつづけること」。なるほど! 大いに見習いたいものだ。「人生に情熱を持つこと」に定年などないのだから。ねえ、ご同輩。「女性?」、まあ、それはほどほどに、ということで……

5l世代へ 木村政雄の発言!

一覧(37件)

ファイブエルストア

[ファイブエル]バックナンバー