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小菅正夫

日本最北の動物園を入園者数日本一に再生させた旭山動物園園長

動物園への入園は偶然だった!?

円柱状の水槽を上下に行き来するアザラシの姿を見ることができる「あざらし館」。調教したわけではなく、アザラシの習性を生かした「行動展示」の代表例である。 小菅氏が高校時代、旭川出身の作家・井上靖が「北の海」を新聞で連載していた。この小説は井上が旧制第四高等学校に柔道に打ち込んだ自身を描いた、自伝的作品。その頃、小菅氏はバイブルのように「北の海」を読み込んでいたという。
 「旧制高校の柔道は団体戦がメインで、才能は関係なく、強さだけではなく、練習量こそ重視される。ひたすら柔道に打ち込む姿に惹かれ、僕もただ柔道をやろうと、北海道大学に入ったんです。理数系が得意で、動物が好きだったから獣医学部に進んだだけで、大学時代は柔道がすべてでしたね。ですから、就職のことは何にも考えていなかったんですよ」
 旭山動物園に就職したのは、偶然だった。主将として、それまで低迷していた北大柔道部を「七帝戦」(旧帝国大学七校の交流戦)準優勝に導き、引退したのは4年の夏。その後は就職活動をする暇もなく、単位取得に励まなければならなかった。加えて、柔道で鍛えた腕は牛の直腸に入らず、産業獣医師への道も断念。そんなところ、卒業間際の3月に旭川市が旭山動物園の獣医師を募集していたのだ。
 「たまたま増員が決まったんだと思う。その頃はたくさん求人はあったけど、それまで僕に余裕がなかったんです(笑)」
 それは必然であり、運命だったのかもしれない。札幌生まれの札幌育ちだったが、導かれるように愛読していた作家の生誕の地にある旭山動物園に就職。また、仕事も柔道の経験に通ずるものがあった。
 「獣医の求人でしたが、飼育係も兼ねていたんです。でも、獣医だけの仕事だったら、それほど面白くなかったと思いますよ。飼育は動物相手の現場仕事で、理屈や頭だけではできませんからね。仲間と試行錯誤していきながら、動物に真っ正面から向かう。僕はもともと考えて何かをするタイプではないから、目の前にある仕事に全力投球したいんです。大学時代は本当に柔道だけでしたしね」

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