最悪の年かと思われた96年、僥倖も訪れた。廃園にすべしと言う声も高まっていたが、旭川市の市長が代わり、新市長が小菅氏に話を聞きたいと言ってきたのである。市長はレジャー施設の誘致を公約に掲げていたが、旭川経済は厳しいものがあった。そこで、奇しくも翌97年に創立30周年を迎える旭山動物園の再生を考えたのだ。その席で小菅氏は熱弁をふるう。30分の予定だったが、「14枚のスケッチ」を片手に、数時間にわたり、理想の動物園について市長に語った。
思いは、伝わった。市は新施設導入のために1億円の予算を用意。再生へ向けての第一歩を、踏み出すことができた。
97年、「こども牧場」「ととりの村」を新設。前者は子供たちが家畜やペットと触れ合え、後者は入園者が巨大な鳥かごに入り、羽ばたく鳥たちを見ることができる。それまでにはない施設で人気を呼び、入園者数は30万人台に回復した。
「施設に関して、設計から建設まで外部任せにはしていません。入園者のため、動物園のために考えて、さまざまな方策を考える。何も言わなくても、うちの職員たちはわかってくれているんです。それに、お金がない頃、自分たちで何でもやっていたから、慣れている(笑)」
その後、98年「もうじゅう館」、99年「さる山」、00年「ぺんぎん館」、02年「ほっきょくぐま館」、04年「あざらし館」「おらんうーたん館」、05年「くもざる・かびばら館」……スケッチで提示されたような「行動展示」の施設が、次々と新設されていった。「ペンギンが空を飛ぶ」「ホッキョクグマがダイブする」と大きな話題になり、05年には年間入園者数200万人を突破。今年も入園者が増え続けている。旭山動物園は奇跡的な再生を果たした。ただ、旭山動物園の再生はチームワークで果たしてきたことを、小菅氏は強調する。
「夏に『チンパンジーの森』が開館して、理想の4割くらい。老朽化と改修のイタチごっこもあり、市の予算的にも、すぐに10割はむずかしい。でも、うちはぺんぎん館、ほっきょくぐま館、あざらし館と新しい施設をつくってきたんですが、これには意味がある。旭川から遠いところに住む動物の展示施設から始め、最終的にペンギンやアザラシを旭川とつなげる『石狩川水系淡水生態館』をつくりたいからです。僕は3年後に定年で、それまでには無理でしょうが、みんなが理想を受け継いでくれると思っています」
取材・文・撮影=羽柴重文
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