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南紀勝浦温泉

 終点勝浦駅で下車。駅前でタクシーを拾う。茶髪の女性運転手。笑顔がいい。第一目的は那智の滝。駅前の商店街の横丁(といっても国道だが)を入るなり、Y字路に出くわす。タクシーを急停車。暗黙のうちにお互いの意思が通じているのか、3人ともいっせいにドアの外に出る。言葉を交わさずとも、Mさんもまるで勝手知ったかのように、ぼくと並んでY字路を撮影してくれている。
 ここ数年来、Y字路をテーマにした作品を制作し、画集『Y字路』を上梓したばかりだ。だからぼくのなかではY字路はそろそろ終焉を迎えつつあると思っていたのに、本能はぼくの想いに反抗して、今日みたいなことになってしまう。Y字路の写真を撮りながら、すでに今回の掲載作品の構想がまとまった感がある。Y字路と那智の滝、そして浴場の三点をジャクスタポジション(並置)させるというコンセプトだ。まだ勝浦に着いて10分も経っていないというのに、絵のアイデアが先にできてしまったのも珍しい。あとはゆっくり温泉に浴するだけだ。
 那智の滝はすでに何度も訪ねている。『芸術新潮』で「日本文化の特質」という企画があった時、いの一番で推薦したのが日本一の名瀑・那智の滝であった。本当は熊野古道を歩いて那智大滝まで行くのが一番いいのだが、そんな時間も体力もない。那智大滝の入口でタクシーを待たせて「飛龍神社」と書かれた石の鳥居をくぐると、周囲は杉の大木が繁り、昼なお鬱蒼としていた。そんな杉の大木の間に天から白い布をたらしたような滝が突然姿を現した。神と崇められている大滝である。
 滝の前広場に立つと急に冷気に襲われる。ここスピリチュアル・スポットでマイナスイオンの洗礼を全身に浴びているからだ。初めて見るこの大滝を体で感じたいのか、妻は広場の柵に駆け寄った。
 母がよく初めて見る景色を前にすると「冥土の土産」と言っていたのをふと想い出してぼくも同じ言葉を口にした。落差日本一というこの那智の大滝を前にすると、すでにここは冥界ではないかと思えてきた。柵の中に入ると延命長寿の水が銅製の龍の口から流れていたので、神盃でこの霊水を三杯飲んだ。体内のお清めである。さらに石段を登ると、滝壺を見下す赤い欄干で囲まれたコンクリート造りの展望台に辿り着く。まるでジェット旅客機に乗っているような瀑布の音に思わず声が大きくなる。キラキラ光る霊光のような滝の飛沫が顔にスプレーをかけられたように気持がいい。滝にしばらく目を凝らしたあと視点を左右の岩壁に移すと、岩壁が落下する滝に反して勢いよく上昇するのが感じられる。また滝は一直線にすーっと落ちるのではなく、次から次へとひとかたまりになって海の波が押し寄せるように落下してくるが、その形態がまるで白龍の頭のように見える。そんなところから「飛龍」という言葉がついたのかもしれない。

横尾忠則の温泉主義

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