この夜、ぼくは一晩中夢の中で秋保温泉の絵の構想を練り続けていた。夢の時間観念が現実の物理的時間と一致しないので、本当は一晩中見ていたような気がするけれども、実際はほんの一瞬の記憶だったのかもしれない。部屋の窓の下には名取川が流れている。両岸には深い樹木や巨石が左右からせり出して見事な渓谷を形づくっている。その上に背の高いアーチ型の赤い大きい橋が渡されているが、ぼくはその橋の下辺りの川の中にいる。川の中といっても水の中に入っているわけではない。ぼくの眼がその辺りにあるのだ。この位置から下流を眺めると右上手にホテルの建物と河岸に近い所に「河原の湯」と呼ぶ露天風呂の小屋が見える。そして川の左手には滝がある。
そんな風景を前に、ぼくは絵の構想を練っているというわけだ。とその時、下流から馬に乗った一人の武士が右岸に沿ってこちらに向って駆けてくるのに気づいた。馬上の武士は鎧兜に身を固めている。ほとんど全身が真っ黒で、顔もよく見えない。川の水量は実際よりも多く、かなり深いように思えた。その水面を馬が奔ってくるのである。その勇姿にはどこか超越したような不思議な力がみなぎっていた。馬の足が蹴散らした川面の水が周囲にパッと飛び散る。まるでキリストのように水面を走る馬は、きっと神馬に違いないとぼくは思った。この人物はいったい何者だろうと思ったその時、ぼくの脳内に「伊達政宗」という名が響いた。そして夢はここで終った。
目が覚めるなり、ぼくは「そうだこの夢の光景を描けばいいんだ」と確信した。ぼくは日頃から、絵のイメージは考えたり、求めたりするのではなく、向こうからやってくるものを描けばいいんだと言い聞かせているではないか。今朝の夢はまさに向こうから馬に乗ってやって来たではないか。それにしてもこの夢は通常見る夢とは異とする別の次元からやってきた霊夢のような気がしてならなかった。それにしてもなぜ伊達政宗なのだ。
秋保温泉
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