ぼくは歴史にうとい人間だが、仙台と伊達政宗は大いに関係があるとMさんも妻も言う。妻によると映画では独眼竜の伊達政宗は中村錦之助が演じたそうだ。旅館のおかみさんは伊達政宗がここの湯を好み、よく足を運んだという記録があると語った。さあ絵を描くための資料集めが必要だ。武者絵なら、たった今、弥生美術館で伊藤彦造展をやっているので参考資料が手に入るかもしれない。帰京したら観に行こう。そんなこんなでぼくの頭の中は伊達政宗のことでいっぱいになってしまった。さらにぶらっと入った一階のショッピングプラザで、ぼくは意外なものに遭遇した。「いったい何だと思いますか」。
そこには伊達政宗の兜の模造と、なんと夢で見た通りの馬上の武者姿の伊達政宗のミニチュア像を発見したのである。ここで初めて夢と現実が一致した。ぼくの中から「温泉」という二文字は消えて、それに代って「伊達政宗」にぼくが憑依してしまったのか、それとも伊達政宗がぼくに取り憑いたのか。もはや一心同体関係だ。
観光もそこそこに仙台市博物館に向かい、ついにここで伊達政宗本人の鎧兜を発見した。兜には細長い金色の下弦の月がついている。他は夢で見たとおりすべて黒一色である。そして青葉城の仙台市を一望できる展望台の広場で、ぼくはとうとう馬上の伊達政宗の銅像と遭遇したのだった。夢の表象がそこにあった。
縁もゆかりもない歴史上の一英雄が事もあろうに、彼がしばし通った湯のその場所で三百年の時空を超えて、ぼくの夢の中に飛び込んで来たのだった。このことは単なるシンクロニシティを越えた二つの魂の邂逅と捉えた方が面白いと思った。そしてぼくはこの作品に思いの丈を入魂する必要があると心に決めた。ぼくは伊達政宗についての知識もない、まして特別の興味があったわけではない。
伊達政宗が名取川の水面を駆ってくるその勇姿を描く意味は、ぼくにはわからない。だけどなぜか描かなければならないような気がする。このことはぼくのためなのか、伊達政宗のためなのか、あるいは二人のためなのか、それ以上は想像の域を出ない。現実はしばしば夢に例えられる。そんな夢の中で見た伊達政宗はいったい夢なのか現なのか。夢と現はクラインの壺のようにクルッと裏返しにすれば、その二つの通路はそのまま宇宙と結びついてしまう。
今朝の夢は死者伊達政宗のこの世への帰還であって、生者のぼくには死者の国への旅であった。生者と死者の間には二つの境域を分ける根拠なんて存在しないように思えてきた。とりとめもない夢がそのまま現実になだれ込んできて、あの川面を駈けた馬上の伊達政宗は今日も青葉城でストップモーションのまま現代の仙台の街を見下しながら、三百年の時の彼方から、今いったい何を想い続けているというのだろう。
秋保温泉
(よこお・ただのり)1936年生まれ。グラフィックデザイナーとして60年代から国際的な評価を受け、八〇年代の「画家宣言」以降は、人間の記憶や感情をテーマにした絵画活動を中心に、多彩な創作活動を続けている。一月には作品集『横尾忠則Y字路』(東方出版)が刊行され、三月から五月まで、パリのカルティエ現代美術財団で個展が開催された。新刊として、自らの病気遍歴をまとめた『病(やまい)の神様』(文藝春秋)がある。
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