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たばこ百景~けむりのゆくえ

あなたの「たばこ百景~けむりのゆくえ」受賞者発表

多数の応募エピソードの中から、厳正なる審査の結果、以下の4名様が受賞されました。
たくさんのご応募ありがとうございました。

最優秀賞   四番丁まお 様

優秀賞   後藤 順 様 / 青木 康雄 様 / 臼澤 弓子 様

最優秀賞:四番丁まお様 エピソード

 息子が何を思ったのか、私の学生時代のアルバムを引っ張り出して見ていた。アルバムの中の私は丁度現在の息子と同じ年頃である。一枚の写真を指して、妙に嬉しそうに言った。
「へえ、お父さんはタバコを吸っていたんだ」
息子はタバコを吸い始めて以来、私と妻からあれこれ言われ続けているのでいいもの見つけたという顔をしている。
 その一葉の写真には、岩の上に9名の若者が並んでいた。背景の青い空と白い入道雲が輝いていた。30年以上前の懐かしい屋久島遠征を思い出した。九州最高峰で洋上アルプスの主峰宮之浦岳頂上に立つ私の右手の指にはしっかりとタバコがはさまれてあった。
屋久島に行くまで私はタバコを吸う習慣を持っていなかった。屋久島の山は深い。海抜0メートルからいくつも峠を越えて主稜線にたどり着く。週に8日も雨が降るとまで言われている多雨な気候。梅雨が明けた7月の中旬に島に着き、快晴の亜熱帯の風景の中を登り始めて2日目。生物の中で最も長寿命を誇っている縄文杉の辺りで、雨が降り始めた。近くの山小屋に入って雨をしのいだ。強い雨が1週間降り続いた。登山シーズンだったけれど他のパーティは来なかった。
 小屋の中は昼間も暗かった。ローソクも懐中電灯も温存のため使わなかった。ただ話をするだけで気を紛らわしていた。標高が1000メートルを超えているため結構寒かった。午後4時のNHK第二放送の気象通報を聴いて天気図を作るときは灯りを付けた。
天気図の周りが明るくなる。皆が吸い寄せられるように集まり、ラジオから流れる抑揚の無いアナウンスを天気図に書きとめる作業を見ていた。
「・・・・・では03ミリバール、北北東の風5メートル」
閉じ込められて3日もたつとはこれも1日の大きなイベントになっていた。
一人がタバコに火をつける。何人かがつられて火をつける。冷たく湿った暗い小屋の大気が、そこだけ明るく乾いて暖かくなる。天気図を囲んだ顔の周りを煙が漂う。若者の汗の匂いに慣れきって麻痺した嗅覚が蘇る。
1週間の長雨が止んで頂上を目指して山小屋を出発するとき、私はタバコを吸うようになっていた。リュクサックの中には、多めにタバコを持ってきていた友から譲ってもらった2箱のタバコが大事に入れられていた。
そうそう、後日帰省した時に両親がこの写真を見て
「お前タバコ吸うんか」
と言ったことも思い出した。

優秀賞:後藤順様 エピソード

一服の余韻

 昭和40年代、この国は高度経済成長に突き進んでいた。モノを作れば売れる。1ドル360円。この国自体を輸出してもよさそうな好景気だった。それは、僕の家にまでやってきた。
 父は公務員だった。未婚の叔父や叔母がいた。祖父母もいる。家族9人の生活費を父だけの給料では賄いきれない。母が内職で始めたのは、縫製だった。嫁いだときに持ってきた足踏式のミシン。それが、家計を助けた。
 当時、既製服産業の一大拠点がこの街にあった。安い既製服を求めて、全国の問屋から人が集まってきた。今日のような、工場の海外移転での産業の空洞化などない。中小の縫製工場が林立した。その下請けとして、街周辺の主婦たちにミシンを踏ませた。既製服は素人でも縫いやすいようにパターン化されている。
 最初、母は近所に主婦に頼まれるまま、その下請けとして内職を始めた。器用な母であった。慣れ始めると、他の主婦よりスピードがあった。重宝がられた。半年後、母は直接縫製工場から請け負った。近所の主婦たちを集めて、自宅の一部を工場にした。ミシンも手動から電動になり、台数も増えた。父の給料の3倍近くを稼ぐようになった。その資金で、叔父たちは結婚して家を出た。
 僕が中学生だった頃、家に出入りする主婦たちがタバコを吸う姿を見た。タバコの提供者は母だった。タバコの一服のおいしさを彼女たちに教えたのは、母だった。一服吸うごとに、疲れが癒えると、女たちは世間話を始める。既製服の注文は定例的ではない。暇なときと忙しいときの落差が激しい。それでも女たちは愚痴を言わない。自分たちの稼ぎが家計を助けているとの自負があったからだ。
 午後3時、女たちのタバコのけむりが舞う。笑い声やヒソヒソ話。そこには活気があった。生きる力があった。僕が帰宅すると、タバコの匂いが小さな工場に残っていた。だが、商品の既製服に、その臭いがつかないように気を使っていた。
 10年が過ぎた頃、景気が減退し、女たちから既製服もタバコの臭いが消えた。街自体も衰退した。「一生懸命働けば食べていける」その言葉だけは、今でも生きている。
 今、80歳の過ぎた母が、一服のタバコを吸う。遠い日の出来事を懐かしむ顔がある。
 ゆったりとけむりが揺れる。工場もミシンも売り払って30年以上も過ぎた。あの足踏式のミシンだけは残っている。その机に残った、数箇所のタバコの燃えあと。母には、一日一服のタバコの中に、歴史が宿っているようだ。

優秀賞:青木康雄様 エピソード

 私の若い時、熱狂的な軽音楽ファンのなかでは特にビートルズとプレスリーが好まれていた。 
私はといえば、やや本流からはずれた位置ずけをされていた"ジェローム.カーン"の"煙が目にしみる"のとりこになっていた。
 今ではもう疵がかなり入って、スクラッチノイズがひどくなったレコードをかけ、一本の ハイライトに火を点けて紫煙の中に身を委ねながら聞く"それ"は、古き青春のほろ苦さを目の当たりに再現して見せてくれる様な気がする。
 フィルター近くまでくゆらせて、そしてそっと吐き出す煙が本当に目にしみて、メロディの切なさと混じり合って目が潤んでくる事もしばしばである。
 時々夜更けに一人になって、タバコに火を点ける際、手で吸口を持て弄びながら下手な英語 で"スモーク.ゲッツ.イン.ユアー.アイズ"と口ずさんでしまう事がある。
 今の私は、吸い終えて、そしてレコードをしまって煙と一体になれた自分の心に、そっと柔らかな幸せがしみこんでくるのを感じ取れる年頃になってしまった。

優秀賞:臼澤弓子様 エピソード

デザイナーの仕事は楽じゃない。
名前こそカッコいいけど、実際の毎日はカッコいいとはほど遠い。
まだ1年目の私は半人前のお子サマ扱いで、
上司にも先輩にもこてんぱんに打ちのめされるし、雑用だってたっぷりある。
必死で仕事していると気がついたら外は真っ暗なんてことはしょっちゅうで、
そんなときはベランダに出て煙草を吸う。やっと休憩。
ため息と共に吐き出した煙は私の視界を白く染め、一瞬何もかも忘れさせてくれる。
東京に来てから吸い始めた煙草。ああそうかここは東京なんだな。
自立してる。お父さん元気かな。そういえは故郷の夜空はいつも星が煌めいていた。
真っ暗な東京の夜空にもかすまないように輝きたい。煙草を吸いながら、見失いがちな夢を再確認する。
ちゃんと成長している気がして、うれしくなる。あしたも頑張ろうって、思う。