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誰かへ宛てた手紙。第6回目の手紙「亡き恩師への手紙」をお送りします。

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母を想って

 先生が今から二年前に他界されましたことを知ったのは、昨年のことです。何げなくアドレス帳を見ておりましたら、先生の電話番号を見つけ、思い切って電話してみました。すると奥様が出られ、いろいろ先生のことを伺いました。とても残念でなりません。なぜもっと早く先生の所へお電話しなかったのかなと思いました。生前の先生の声を聴きたかった。
 先生と初めてお会いしたのは、清水公園で待ち合わせをした時でしたね。どなたが先生なのか分からず、先生も誰が私なのか分からず、といった出逢いでした。あれからもう、十五年くらい過ぎますかしら。写真は学生の頃から好きでいろいろ撮っておりました。母を亡くし、精神を病みました私ですが、先生はそんなこと気になさらず写真をイロハから教えて下さいました。浅草寺のほおずき市など、いろいろな場所へ連れて行って頂きました。「森さんは誰も誕生日を祝ってくれないのか。かわいそうになあ。僕が、そごうの食堂でごちそうしてあげるよ」と言われ、ごちそうして下さいました。また、写真でのお手紙やお言葉を頂き、どんなに心強く思ったかしれません。「ここに、若き乙女あり 梅香る」、「人生その人にしか分かりません」、「真摯に拍手を送りたい」など、今ははっきりと文章を思い出せなくなってしまいましたが、人生経験からのお言葉には、「そうなんだ、ありがたいなあ」と思ったものでした。
 そして先生は写真だけでなく、戦争体験者として戦争を語り継ぐという立派な活動もなさってました。私に、「一番怖かったものは『爆風』だよ」とおっしゃってました。私は戦争が終わり、世の中が安定した昭和二十七年生まれですから、食糧難も何も知りません。父は戦争に行っておりますが、何も言いませんでした。
 戦争という、多くの国民が犠牲になったという事実に目をそむけることなく、真っ向から事実を伝える活動。やはり、体験した人が語らなければならないのだと思います。そのうえで、今日の平和な日本が存在しているのですから。今はあまりにも平和で、平和に慣れすぎて、平和の有難味が希薄になっているように思われます。世界では、学ぶこともできず、食べるものさえなく、お腹をすかしている子供たちが大勢いるのですから。
 先生の話から、少しそれてしまいましたが、先生は私にとって父親のような存在でした。今は天国で安らかに眠っておられると思いますが、奥様や私の心の中には、いつも先生が生きておられます。守って下さってます。死の間際まで「森さんと連絡が取れないのだが、どうしているのだろうか」と私の心配をなさっていたとの話を聞き、思わず「先生!」と心の中で叫んでしまいました。本当になんと誠実な先生だったのでしょうか。
 私は花の写真を撮ることが好きで、写真屋さんで「良く撮れていますね」と、ほめられた二枚の写真を四切に引き伸ばし、奥様に郵送致しました。また、先生宅にお伺いしまして、ご仏壇に、気持ちの物を供えさせて頂き、ご報告を致しました。「元気になれたのですよ先生、お蔭様でね」と。
 先生、本当にありがとうございました。心の底からお礼申し上げます。また、わたしもこの先三十年は生きたいと思いますが、どんな時でも見守っていて下さいませ。

永遠なる私の吉田先生へ。

森加代子


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