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レポーターprofile
垣内利英 56歳
1951年和歌山市生まれ。
1973年大阪大学法学部卒業。
大手エネルギー会社理事。
自然の中で充実したセカンドライフを目指す「元気なオヤジ倶楽部」の発起人の一人。環境問題にも関心が高く様々な活動を行っている。
ありとあらゆる「幸」が食卓を彩る「晩餐会」風景
(写真:左)安江満悟さん (写真:右)垣内利英さん
――見所は自分で創る

安江さんの人柄を象徴するかのように、可愛らしいオブジェがお出迎え。

都会の喫茶店では決して味わうことの出来ない至福の一杯。

安江さんが今日のために用意してくれた清流にしか住まない魚「アマゴ」の一夜干。ここでしか味えない肴に期待が膨らむ。

パチパチと音を立てて燃え上がる薪ストーブは、懐かしさとほんもの感が漂う。


和歌山県の南端に位置する色川地区に降立ったのは今回で二度目。一度目は自然の中で充実したセカンドライフを見つける事を目的としたサークル「元気なオヤジ倶楽部」の活動の時であった。その際、タイトな時間の中で満足のいく散策が出来なかった事を心残りにしていたが今回、この企画にエントリーし念願の再訪を果たすことができた。私は現在56歳。セカンドライフをそろそろ真剣に考え出した。
会社や家庭での役割を少し離れて、自分が本当にやりたい事を見つけたい。まずは私の生まれ故郷である和歌山の魅力を再発見し、そこで今後の生き方につながるヒントを見つける事が今回の目的のひとつである。
世界遺産の熊野古道、那智の滝、熊野那智大社や近海マグロの水揚げで知られる那智勝浦町に都会から移り住む人が後を絶たない地区がある。町の中心部から車でのぼっていくこと40分、棚田が広がり、山並みの遥か遠く熊野灘を望む色川地区に出る。
その地区の住民は460人。その約三分の一、150人が移住者というから驚きである。有機農業、住職、画家、林業、養鶏、製塩など、職業はさまざまだが、この地でいきいきと生活している。なぜこの地に移り住むのか、それを求めて役場の浦さんの色川別宅を訪問。山の中腹のログハウスで囲炉裏を囲んでの取材。
色川に新住民が次々と移り住み定着している理由は、長い年月をかけた住民同士の連携と、その受け入れ態勢にあると伺うことができた。
南海に浮く雲、段々畑が一望できる展望、こんな眺めの中で生活できればと憧れるのは誰しもだろう。とそこへ、浦さんの奥さんから一杯のコーヒーが…、谷の水で入れてもらったコーヒーの味は色川の風景と混ざり合い格別な一杯となった。色川の『色』がだんだん見えてきた。
――やりたいことをやる
そして今夜泊めていただくことになる安江満悟ドクターのお宅に訪問。安江さんは現在68才。35年間外科医として癌や消化器系の治療をしてきたが、ストレスから狭心症のような発作が起こり、もう充分働いたので、このあたりで「…自由になろう」と決意し定年まで四年を残しての退職。
一昨年の春、名古屋から移り住んだそうだ。現在は、地域に役立ちたいと、診療所を週一回開き、町立温泉病院での嘱託医も週一回担当している。最新医療と豊かな自然の両立は難しい。しかし、田舎でいきいきと暮らせたら最新医療のお世話になることは、うんと減るのではないか。ここの空気と水、食べ物を味わえばもう都会では暮らせなくなるよ、と安江さんは言う。
「蒔き割ってくれ」と挨拶もソコソコに「これも田舎の経験だよ」と安江さんから容赦ない指示が飛ぶ。
ログハウスには薪ストーブに七輪、その懐かしさに加え、映画のワンシーンとも思える風景が目の前に広がる。軒先にはアマゴの一夜干、テーブルにはご近所からのサンマ寿司など様々なお裾分けの数々。そこで私も早速、持参した白ワインを谷の水で冷やし、オリーブオイルを使って地の野菜を使ったパスタ料理に腕を振るう。こんな雰囲気のなかで自分の料理を味わってみたかった。「色川には…海の幸、川の幸、山の幸に恵まれ美味しい有機野菜が豊富にある。また温泉や熊野の歴史、文化、それに育まれた豊かな人柄に触れることができます。昔から多くの人々がこの地を訪れた理由は、来世を信じる人、そうでない人も、とり合えずこの世にいる間に天国を仮想体験することができるからなんです。」とこれ、安江さんの言葉です。
帰りの列車の出発時間を気にしながら、ふと入った紀伊勝浦駅近くのギャラリー。
地元在住の書家の手になる作品に書かれた文字「命あるうちが花」。まさに、今回の旅を象徴するような言葉であると感じた。
命ある内に、生き方を思い切って変え、和歌山の自然の中で心豊かな生き方を選んだ方たちとの触れあいはこれからの私の生き方に大きな財産となりました。
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